エコリクコラム

2025.7.7
トピック
ケミカルリサイクル重要技術「解重合」とは〜石油由来プラスチックからの脱却、資源循環社会実現への切り札〜
地球規模でのプラスチック汚染や資源枯渇が深刻化する中、使用済みプラスチックを再利用する技術の開発が進められています。プラスチックを再利用する方法として、①マテリアルリサイクル、②ケミカルリサイクル、③サーマルリサイクルの3つの方法(※詳しくは別記事「廃プラスチックの処理状況と3つのリサイクル方法」を参照)がありますが、使用済みプラスチックを炭素資源としてとらえ、有用な化学物質に再生する「ケミカルリサイクル」が注目を集めています。このケミカルリサイクル技術の中核となるのが「解重合(かいじゅうごう)」です。
マテリアルリサイクルでは品質劣化の問題や分別が難しい複合素材への対応が課題となる中、ケミカルリサイクルは、より多様なプラスチック廃棄物を効率的に資源化できる可能性を秘めています。
ケミカルリサイクルとは
ケミカルリサイクルとは、使用済みプラスチックを化学的に分解し、その組成を分子レベルで変化させることで、再び化学製品の原料として利用する技術です。廃棄物となったプラスチックを単なるごみとして焼却(サーマルリサイクル)したり、物理的に加工して再利用(マテリアルリサイクル)するのではなく、化学的な手法で新たな価値を持つ資源へと生まれ変わらせる点で画期的です。
- ■ 目的:
- 資源の有効活用: 石油由来のプラスチックを再利用することで、新規の石油資源消費を抑制し、資源の枯渇問題に対応します。
- 環境負荷の低減: 廃棄物焼却によるCO2排出量を削減し、埋め立てによる環境汚染を防ぎます。
- 品質の維持: マテリアルリサイクルで避けられない品質劣化を回避し、バージン材と同等の品質を持つ製品を製造することが可能です。
- 多様なプラスチックへの対応: 複合素材や汚れの付着など、マテリアルリサイクルが難しい廃プラスチックにも対応できる可能性があります。
- ■ 「解重合」の重要性:
- プラスチックは、小さな分子(モノマー)が多数結合してできた巨大な高分子(ポリマー)です。解重合とは、この高分子を再びモノマーやオリゴマー(少数のモノマーが結合したもの)といった元の原料に近い状態に戻すプロセスを指します。
- これにより、回収されたモノマーは、新たなプラスチックや化学製品の原料として利用でき、まさに「プラスチックの永久循環」を可能にする基盤技術となります。
ケミカルリサイクルの種類と実用化の状況
ケミカルリサイクルには、解重合以外にも様々な手法があり、それぞれ対象とするプラスチックや得意とする分解方法が異なります。
(1) 解重合(Depolymerization)
- ■ 原理: 高分子であるプラスチックを、モノマー(単量体)やオリゴマーといった低分子化合物に分解する技術。主に、プラスチックが製造される際の重合反応の逆反応を利用します。
- ■ 対象プラスチック: 主にPET(ポリエチレンテレフタレート)やPS(ポリスチレン)、PMMA(ポリメチルメタクリレート)、PA(ポリアミド:ナイロン)など、解重合しやすい分子構造を持つプラスチック。
- ■ 実用化状況:
- PET: 熱分解や加水分解(グリコール分解、メタノール分解など)によってモノマー(テレフタル酸やエチレングリコール)に戻し、再びPETを製造する技術が既に実用化されており、飲料用PETボトルなどの水平リサイクル(ボトルtoボトル)に貢献しています。
- PS: 解重合によってスチレンモノマーに戻し、新しいPS製品の原料とする技術が開発・実証段階にあります。
- 今後の期待: 高品質なモノマーを回収できるため、バージン材と同等の品質を持つプラスチックの製造が可能であり、持続可能なプラスチック供給システムの中核を担うと期待されています。
(2) ガス化(Gasification)
- ■ 原理: 使用済みプラスチックを高温・高圧下で分解し、水素(H2)や一酸化炭素(CO)を主成分とする合成ガス(シンガス)を生成する。この合成ガスは、化学製品(アンモニア、メタノールなど)の原料や燃料として利用されます。
- ■ 対象プラスチック: 様々な種類の混合プラスチック廃棄物に対応可能。
- ■ 実用化状況: 化学プラントや製鉄所などで、大規模な実証が進められています。特に、プラスチックを製鉄所のコークス炉の原料として利用する「コークス炉化学原料化プロセス」は、日本国内で既に導入が進んでいます。
(3) 油化(Oil Conversion)
- ■ 原理: 使用済みプラスチックを熱分解などによって分解し、油状の化学原料(ナフサなど)に変換する。この油は、石油化学製品の原料として利用されます。
- ■ 対象プラスチック: ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)など。
- ■ 実用化状況: 日本国内でも複数の企業が技術開発を進めており、実証段階に入っています。変換された油は、既存の石油化学コンビナートで利用可能です。
(4) 高炉還元剤利用・コークス炉化学原料化(Blast Furnace Reducing Agent Use / Coke Oven Chemical Raw Material Conversion)
- ■ 原理: 使用済みプラスチックを、製鉄所の高炉で鉄鉱石を還元するための還元剤として利用したり、コークス炉で化学原料として利用する。
- ■ 対象プラスチック: 主に混合プラスチック廃棄物。
- ■ 実用化状況: 製鉄業界で積極的に導入されており、資源の有効活用とCO2排出量削減に貢献しています。
現状と課題について
ケミカルリサイクルは大きな可能性を秘めている一方で、その普及と持続可能な運用にはいくつかの課題も存在します。
【現状】
- ■ 技術開発の加速: 各種のケミカルリサイクル技術は日々進化しており、実証段階から商業プラントへの移行が進んでいます。特に解重合技術は、高純度な原料回収が可能なため、投資が活発化しています。
- ■ 政府・企業の支援: 各国の政府や大手化学メーカー、リサイクル企業が、ケミカルリサイクルへの投資や技術開発支援を強化しており、サプライチェーン全体での協力体制が構築されつつあります。
- ■ 環境規制の強化: EUのエコデザイン規則(ESPR)や日本の資源有効利用促進法改正など、製品の循環性や再生材利用を促す法規制が強化されており、ケミカルリサイクルのニーズが高まっています。
【課題】
- ■ コスト: 新規技術の開発・導入には多大な初期投資が必要であり、既存のマテリアルリサイクルやサーマルリサイクルと比較して、運用コストが高い場合があります。経済合理性の確保が普及の鍵となります。
- ■ エネルギー消費: 化学分解プロセスには加熱が必要な場合が多く、それに伴うエネルギー消費とCO2排出量をいかに削減するかが課題です。再生可能エネルギーの活用や省エネ技術の導入が不可欠です。
- ■ 原料の安定供給と分別:
- ケミカルリサイクルに適した品質と量の廃プラスチックを安定的に確保することが重要です。特に解重合においては、対象とするプラスチック(PET、PSなど)の純度が高いほど効率が良いため、高度な分別・前処理技術が求められます。
- 現状では、家庭から排出される混合プラスチックごみの分別は難しく、これをいかに効率よく回収し、ケミカルリサイクルに適した原料として供給するかが課題です。
- ■ 品質と安全性: 再生された化学物質やプラスチックが、バージン材と同等またはそれに近い品質を維持できるか、また不純物の混入による安全性への懸念がないかを確保する必要があります。
- ■ スケーラビリティ(規模拡大): 研究室レベルや小規模実証段階の技術を、経済的に見合う大規模な商業プラントへとスケールアップする際の技術的・経済的課題をクリアする必要があります。
ケミカルリサイクル、特に「解重合」技術は、これまで再利用が困難だった廃プラスチックに新たな命を吹き込み、石油への依存度を低減し、持続可能な資源循環社会を実現するための重要なソリューションです。これは、プラスチック汚染問題の解決に貢献するだけでなく、温室効果ガス排出量の削減にも寄与し、企業の脱炭素経営を後押しします。
まだコストや技術的な課題は残るものの、世界中で研究開発と実証が加速しており、政府や産業界の連携による投資も活発化しています。今後、ケミカルリサイクル技術のさらなる進化と普及は、プラスチックのライフサイクル全体を変革し、真の意味での「資源循環型社会」の構築に向けた、決定的な一歩となるでしょう。