エコリクコラム

2025.7.1
トピック
BEPSプロジェクトの最新動向と2025年の国際課税〜デジタル経済化とグローバルミニマム課税が企業に迫る変革〜
グローバル化が進む現代において、多国籍企業が巧みに各国の税制の違いや矛盾を利用し、合法的に税負担を最小限に抑える「税金逃れ」は、世界各国で大きな問題となってきました。この課題に対応すべく、OECD(経済協力開発機構)が2012年6月に国際課税の規則を根本から見直すために立ち上げたプロジェクトの総称が、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトです。
2025年に向けて、この国際課税の枠組みはさらなる大きな変革期を迎えています。デジタル経済の進展に対応するための新たな国際課税ルール「BEPS 2.0」の導入が進む中、企業は複雑化する税務環境への適応を迫られています。本稿では、BEPSプロジェクトの概要から、その課題、そして2025年における最新の動向までを詳しく解説します。
BEPSプロジェクトとは
BEPSプロジェクトは、OECDとG20が主導し、多国籍企業による税源浸食と利益移転、すなわち、課税対象となる利益を人為的に移転させて課税を回避する行為に対処するために立ち上げられました。
- ■ 立ち上げの背景:
- デジタル経済の進展: 物理的な拠点がなくとも国境を越えてサービスを提供できるデジタル経済の進展により、従来の国際課税ルールでは利益が適切に課税されないという問題が顕在化しました。
- 各国の税制の相違: 各国の税制の違いや租税条約の抜け穴を利用して、企業が利益を低税率国に移転させる手法(タックスヘイブン利用など)が問題視されていました。
- 税収確保の必要性: グローバル経済の不均衡是正と、各国政府の税収確保の観点からも、国際課税ルールの見直しが急務となりました。
- ■ 初期の取り組み(BEPS 1.0と15の行動計画): 2015年10月には、BEPSプロジェクトの最初の成果として、以下の15の具体的な行動計画(Action Plans)が発表されました。これらは、税源浸食と利益移転を防止するための多角的なアプローチを示すものです。
- デジタル経済の課税上の課題への対応
- ハイブリッド・ミスマッチ取決め(税制間の齟齬)の効果の無効化
- 外国子会社合算税制(CFCルール)の強化
- 利子控除制限ルールの設定
- 有害税制への対抗(実体性の要件強化)
- 租税条約の濫用防止
- 恒久的施設(PE)認定の人為的回避の防止
- −10. 移転価格税制と価値創造の一致(無形資産、リスク・資本、コモディティ取引)
- BEPSの規模・経済的効果の分析方法の策定
- 義務的開示制度
- 多国籍企業の企業情報の文書化(国別報告書など)
- 相互協議の効果的実施
- 多数国間協定の策定(MLI: 多国間条約) これらの行動計画は、各国の税法改正や租税条約の見直しを通じて実施され、国際課税の透明性と公平性を高めることを目指しました。
BEPSプロジェクトの課題
BEPS 1.0の導入により、一定の成果は得られたものの、デジタル経済の急速な発展に伴い、新たな課題が浮上しました。
- ■ デジタルサービス税(DST)の台頭: BEPS 1.0ではデジタル経済の課題への包括的な解決策を導き出せず、各国が独自にデジタルサービス税(DST)を導入する動きが加速しました。これにより、国際的な課税ルールの断片化と貿易摩擦の懸念が生じました。
- ■ 物理的拠点がないビジネスモデル: デジタル企業は、物理的な拠点がなくとも莫大な利益を上げることが可能であり、従来の「恒久的施設(PE)」の概念に基づいた課税ルールでは、市場国での課税権が十分に確保できないという問題が残りました。
- ■ 多国籍企業間の税率競争: 各国は企業誘致のために法人税率を引き下げる競争を続け、結果としてグローバルな法人税収の減少に繋がるという懸念がありました。
- ■ 複雑性と執行の難しさ: 移転価格税制の複雑性や、各国でのルール適用の一貫性の欠如など、制度の執行面での課題も指摘されました。
これらの課題に対応するため、OECDは新たな国際課税ルールである「BEPS 2.0(Two-Pillar Solution:二本柱アプローチ)」の策定に着手しました。
2025年の動向:BEPS 2.0の本格化
BEPS 2.0は、「第1の柱(Pillar One)」と「第2の柱(Pillar Two)」という二本柱で構成され、2025年における国際課税の最も重要な動向となります。
【第1の柱(Pillar One):課税権の再配分】
- ■ 目的: デジタル経済化に対応し、多国籍企業の利益に対する課税権を、従来の物理的な拠点だけでなく、市場国(顧客が存在し、利益が生み出される国)にもより公平に配分することを目指します。
- ■ 対象企業: 売上高200億ユーロ超かつ利益率10%超の巨大多国籍企業。
- ■ 主な内容:
- Amount A(新たな課税権): 対象企業の残余利益の一部(25%程度が提案されている)について、その利益が獲得された市場国に課税権を再配分する。
- Amount B(独立企業原則に基づく報酬の簡素化): 移転価格ルールの一部を簡素化し、独立企業原則に基づくマーケティング・販売活動の報酬に関する税の安定性を向上させる。
- ■ 2025年の状況: Amount Aに関しては、多国間条約(MLC)による各国間の合意形成が難航しており、2025年中の発効は不透明な状況です。政治的な調整と各国の国内法整備が必要であり、導入時期は依然として流動的ですが、OECDは合意に向けた議論を継続しています。
【第2の柱(Pillar Two):グローバルミニマム課税(GloBEルール)】
- ■ 目的: 多国籍企業の利益に対する実効税率が最低15%を下回らないようにすることで、国際的な法人税率の引き下げ競争(Race to the Bottom)に歯止めをかけることを目指します。
- ■ 対象企業: 連結総収入金額が年間7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループ。
- ■ 主な内容:(GloBEルール)
- 所得合算ルール(IIR: Income Inclusion Rule): 低課税国に所在する子会社の所得に対し、親会社所在国が最低税率(15%)に満たない部分の税金を課す。
- 軽課税支払ルール(UTPR: Undertaxed Profits Rule): IIRが適用されない場合、当該子会社の利益に対して課税権を持つ他の国々が、最低税率に満たない部分の税金を課す。
- ■ 2025年の状況: 第2の柱は、第1の柱よりも導入が先行しています。**日本を含む多くの国々では、2024年度(または2025年度)からGloBEルールの導入が予定されており、既に国内法制化が進んでいます。**これにより、対象となる多国籍企業は、2025年にはこの新しいグローバルミニマム課税の適用を受けることになり、税務コンプライアンス体制の整備が急務となっています。特に、企業の税務部門は、グループ全体の実効税率を計算し、追加課税が発生しないかを確認するためのデータ収集と分析システムの構築が求められます。
BEPSプロジェクト、特に「BEPS 2.0」は、デジタル経済の進展と税率競争という現代の経済課題に対し、国際社会が連携して取り組む大きな試みです。2025年は、第2の柱であるグローバルミニマム課税が本格的に適用開始される年となり、対象となる多国籍企業は、これまでの税務戦略の抜本的な見直しを迫られます。
「第1の柱」の導入は依然として政治的な課題を抱えていますが、国際的な課税の公平性と安定性を確保するための議論は今後も継続されるでしょう。企業にとっては、複雑化する国際税務ルールへの対応だけでなく、税務部門と財務部門、IT部門が連携し、正確なデータ管理と分析を行うための体制を構築することが、持続的な成長とコンプライアンスの遵守において不可欠となります。
この国際課税の変革は、単なる税務問題に留まらず、企業のビジネスモデル、サプライチェーン、そして投資戦略にも大きな影響を与えるでしょう。