タイ・カンボジア国境閉鎖から考えるサステナブル調達〜地政学リスクが顕在化、有事の備えと供給網の多角化が急務に〜 | グリーンジョブのエコリク

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タイ・カンボジア国境閉鎖から考えるサステナブル調達〜地政学リスクが顕在化、有事の備えと供給網の多角化が急務に〜|グリーンジョブのエコリク

2025.6.30

トピック

タイ・カンボジア国境閉鎖から考えるサステナブル調達〜地政学リスクが顕在化、有事の備えと供給網の多角化が急務に〜

世界経済のサプライチェーンが不安定化する中、東南アジアで新たな緊張が高まっています。タイ王国軍は6月23日、タイとカンボジア間の全ての国境検問所を閉鎖したことを発表しました。この措置は同日の発表時から有効となっており、既に物流と人々の往来に大きな影響を及ぼしています。

タイ国営放送PBS(6月23日付)によると、サケオ県の国境通過を監督する第1軍管区の命令により、すべての種類の車両、タイ人および外国人旅行者、あらゆる種類の貿易が禁止されています。ただし、緊急の患者や学生の移動、日常生活に必要な活動など、人道的な目的による国境通過は例外とされています。スリン県、シーサケート県、ブリラム県の国境通過を担当する第2軍管区や、チャンタブリー県、トラート県を管轄する海軍国境防衛司令部も、同様の命令を出しています。

タイ王国軍は、今回の措置について、カンボジアによるタイ領土への侵入の脅威(無許可の巡回、軍隊の増強、地形の改変など)や国境を越えた犯罪、コールセンター詐欺などの広範な影響に対応するために発令したもの、と説明しています。同軍は6月7日以降、カンボジアとの国境紛争に対して、段階的な国境管理を実行していました。

この国境閉鎖は、貿易上も制限措置の応酬に発展しています。カンボジア側では、フン・マネット首相が6月22日、タイからの石油・ガスの輸入を停止すると発表。国内のエネルギー会社が他国から十分に輸入調達することで国内需要を満たすことが可能と説明しています。タイ側でも、ピチャイ・ナリプタパン商務相が6月21日、商務省・外国貿易局(DFT)に対して、カンボジア産キャッサバ製品の輸入管理強化を指示しました。輸入者は事前登録・通知が必要で、カンボジア産キャッサバは国内産と分けて保管し、品質基準に満たない輸入を行った場合は登録資格が停止されます。商務省は次の6つの検問所でのみ輸入を許可するとしています。商務省によると、キャッサバはカンボジアからの最大輸入品目で、2024年の輸入額は2億461万ドル(HS071410)に上るとのことです。

6月23日、タイとカンボジア間の全ての国境検問所の内容とは

今回のタイ・カンボジア国境閉鎖は、両国間の長年にわたる国境紛争が再燃した結果です。タイ王国軍が主張するカンボジアによるタイ領土への侵入や、国境を越えた犯罪の増加が、今回の全面閉鎖の引き金となりました。

  • 全面的な閉鎖: タイ軍の発表により、両国間の全ての国境検問所が車両、タイ人・外国人旅行者、あらゆる種類の貿易に対して閉鎖されました。これは、物流だけでなく、国境を越える人々の移動もほぼ全面的に停止することを意味します。
  • 人道的例外: ただし、緊急を要する患者や学生の移動、日常生活に不可欠な活動に関しては、人道的観点から国境通過が許可されるなど、最低限の配慮はなされています。
  • 地域ごとの措置: サケオ県、スリン県、シーサケート県、ブリラム県、チャンタブリー県、トラート県を管轄する各軍管区や海軍国境防衛司令部が同様の命令を出しており、広範囲にわたる措置であることが分かります。
  • 報復措置の応酬: タイ側の国境閉鎖だけでなく、カンボジアがタイからの石油・ガス輸入停止を発表し、タイがカンボジア産キャッサバ製品の輸入管理を強化するなど、経済的な「報復措置」の応酬へと発展しています。これは、今回の問題が単なる国境警備にとどまらず、両国の経済関係にも深刻な影響を与えることを示唆しています。
  • 背景にある紛争: 6月7日以降、タイ軍はカンボジアとの国境紛争に対して段階的な国境管理を実行していました。今回の全面閉鎖は、紛争の深刻化を示しており、今後の情勢が不透明であるという懸念が高まっています。

日本経済への影響とは

タイ・カンボジア間の国境閉鎖は、東南アジアに生産拠点を置く多くの日本企業にとって、深刻な影響をもたらす可能性があります。特に、両国間を跨ぐサプライチェーンを持つ企業は、即座に影響を受けると予想されます。

  • 物流の停滞と生産活動への影響:
    • カンボジアはタイにとって主要な貿易相手国の一つであり、タイからカンボジアへの輸出品、カンボジアからタイへの輸入品が国境物流の多くを占めています。この物流が完全に停止することで、両国間のモノの移動が滞り、生産活動に大きな支障が生じます。
    • カンボジアには日系企業が多数進出しており、その多くが部品や原材料をタイから調達し、製品をタイ経由で輸出しています。JETROの2023年調査によると、カンボジアには約160社の日系企業が進出しており、特にプノンペン経済特別区(PPSEZ)などには9社の日系企業が進出しています。自動車シート部品、電子コンポーネント、アパレル・繊維製品、食品加工品などの製造業が主な影響を受けると見られます。
    • これらの企業は、タイからの部品供給が滞ることで生産ラインが停止したり、完成品の輸出が困難になったりする事態に直面する可能性があります。
  • サプライチェーンの寸断:
    • タイとカンボジアは、メコン経済圏における重要な結節点であり、両国を経由してベトナムやラオスなど他のASEAN諸国へ物流が繋がっています。今回の国境閉鎖は、広域のサプライチェーン全体に波及し、アジア地域の生産・供給網に混乱をもたらす恐れがあります。
  • コスト上昇と納期遅延:
    • 物流ルートの変更(例えば、海上輸送への切り替え)や迂回ルートの利用は、輸送コストの増加と納期の遅延を招きます。これにより、製品価格の上昇や顧客への影響が生じる可能性があります。
  • 投資環境への懸念:
    • 地政学リスクの顕在化は、企業が東南アジア地域への新規投資や事業拡大を検討する際の大きな懸念材料となります。サプライチェーンの安定性確保が最優先される中、政治情勢の不安定さは投資意欲を減退させる要因となり得ます。

今回の話題となるタイ・プラス・ワンとは

今回の国境閉鎖は、日本の製造業が東南アジアで展開してきた「タイ・プラス・ワン」戦略の脆弱性を浮き彫りにする出来事でもあります。

  • 「タイ・プラス・ワン」戦略の概要: 「タイ・プラス・ワン」とは、日本企業がASEAN地域で事業展開する際に採用してきた主要な戦略の一つです。これは、主要な生産拠点やハブ機能をタイに置きつつ、人件費の安さや労働力の豊富さなどのメリットを享受するため、周辺国(「プラス・ワン」)にも生産拠点を分散配置するものです。カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムなどがこの「プラス・ワン」の対象となってきました。
  • 戦略の狙い:
    • コスト削減: タイよりも人件費の安い周辺国に生産工程の一部を移管することで、全体的な製造コストを削減。
    • リスク分散: 特定の国に生産を集中させるリスクを分散し、自然災害や政治情勢の変化に対応。
    • 市場拡大: 周辺国の新興市場への足がかりとする。
  • 今回の事態と「タイ・プラス・ワン」: 今回のタイ・カンボジア国境閉鎖は、「プラス・ワン」戦略のリスク分散効果が十分に機能しない可能性があることを示しました。特に、両国間の物流に大きく依存するサプライチェーンを構築していた場合、紛争や政治的対立といった地政学リスクが顕在化した際に、生産停止や供給網の寸断という形でダイレクトな影響を受けることになります。 この事態は、単なる生産拠点分散に留まらない、より強靭で多角的なサプライチェーン構築の必要性を企業に突きつけるものです。

今回の問題で考えるサステナビリティ調達の重要性

タイ・カンボジア国境閉鎖は、サプライチェーンにおける「サステナビリティ調達」の重要性を改めて浮き彫りにしました。地政学的リスクは、この概念を考える上で避けては通れない要素です。

  • サステナビリティ調達とは: サステナビリティ調達(持続可能な調達)とは、企業が製品やサービスを調達する際に、単に価格や品質だけでなく、環境的、社会的、倫理的な側面も考慮に入れる考え方です。具体的には、
    • 環境: 温室効果ガス排出量、水資源利用、廃棄物、生物多様性への影響、資源効率性。
    • 社会: 労働者の人権(児童労働、強制労働の禁止)、労働安全衛生、地域社会への貢献、サプライヤーの多様性。
    • ガバナンス: 贈収賄防止、透明性、情報開示、公正な取引慣行。 といった要素をサプライチェーン全体で評価し、改善していくことを目指します。 これは、企業の評判リスクを低減し、長期的な企業価値を向上させるための重要な経営戦略です。
  • 地政学的問題とサステナビリティ調達: 今回のタイ・カンボジア間の国境閉鎖は、まさに地政学的リスクがサプライチェーンに与える直接的な影響を示しています。サステナビリティ調達は、これまで人権問題や環境問題に焦点が当てられることが多かったですが、サプライチェーンのレジリエンス(回復力)確保という観点から、地政学リスクへの対応も不可欠な要素であることが再認識されます。
    • 供給源の分散: 特定の国や地域に依存するリスクを避けるため、多様な地域からの調達先を確保する。
    • 代替ルートの確保: 有事の際に物流が停止しても、代替の輸送ルートや手段を準備しておく。
    • 情報収集とモニタリング: 政治情勢や紛争のリスクが高い地域については、常に最新の情報を収集し、サプライヤーの状況をモニタリングする体制を構築する。
    • サプライヤーとの連携強化: サプライヤーが直面するリスクを共有し、共に解決策を模索する関係を築く。
    • 国内回帰や近隣国での生産検討: リスク分散のため、一部生産を国内に戻したり、より安定した近隣国での生産を強化したりする動きも検討されます。 サステナビリティ調達は、企業の社会的責任を果たすだけでなく、地政学リスクによる事業中断のリスクを軽減し、安定的な事業継続を可能にするための重要な戦略なのです。

現状と課題について

今回のタイ・カンボジア国境閉鎖は、日本企業が直面するサプライチェーンの脆弱性と、それに対する課題を浮き彫りにしました。

【現状】

  • ASEAN地域への集中: 多くの日本企業がコスト削減や市場成長を求めて、生産拠点をASEAN地域に集中させてきました。特にタイは自動車産業を中心に重要なハブとなっています。
  • サプライチェーンの多層化と複雑化: 現代のサプライチェーンはグローバルに展開し、多層的な構造を持つため、一カ所での問題が広範囲に影響を及ぼしやすい状況です。
  • リスク認識の甘さ: 経済的効率性を優先するあまり、地政学リスクや災害リスクに対する認識が十分に浸透していなかった企業も少なくありませんでした。

【課題】

  • リスクアセスメントの強化: サプライチェーンにおける地政学的リスク、自然災害リスク、社会情勢リスクなどを網羅的に評価し、潜在的な脆弱性を特定する体制を強化する必要があります。
  • サプライヤー多様化の推進: 特定のサプライヤーや地域への依存度を低減するため、複数の供給元を確保するマルチソース化や、異なる地域への分散投資を進めることが求められます。
  • BCP(事業継続計画)の見直しと強化: 国境閉鎖や紛争など、予期せぬ事態が発生した場合に、事業をいかに継続させるか、あるいは迅速に復旧させるかについての具体的な計画を策定し、定期的に見直す必要があります。
  • 情報収集と危機管理体制の構築: 政治情勢や社会動向に関する最新情報を常時収集し、有事の際には迅速に判断・対応できる危機管理体制を構築することが重要です。
  • サステナビリティ調達の深化: 環境・人権だけでなく、サプライチェーンのレジリエンス(回復力)と地政学リスクへの対応をサステナビリティ調達の主要な要素として位置づけ、実践していくことが求められます。
  • 政府の支援: 日本政府は、海外サプライチェーンの強靭化に向けた政策的支援や情報提供を強化し、企業のリスク分散を後押しする必要があります。

タイとカンボジア間の国境閉鎖は、私たちがいかにグローバルなサプライチェーンの脆さと隣り合わせであるかを改めて痛感させる出来事です。特に、地政学リスクが顕在化した際、経済活動に与える影響は計り知れません。

今回の事態は、単なる一過性の問題として捉えるべきではなく、効率性のみを追求する従来の調達戦略を見直し、サプライチェーンの強靭化とサステナビリティ調達を経営の最重要課題として位置づける必要があります。具体的には、供給源の多角化、代替ルートの確保、そして予期せぬ事態に対応できるBCPの策定と訓練が急務となるでしょう。

また、サステナビリティ調達の概念を環境・人権だけでなく、地政学的リスクへの対応まで広げることで、企業のレジリエンスを高め、持続可能な成長を実現できるのではないでしょうか。

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執筆者

神戸 修

神戸 修(こうべ おさむ)

株式会社グレイス ゼネラルマネージャー

大阪学院大学 流通科学部流通科学科卒 学生時代より、就活・キャリア支援のサークルを立ち上げ人材ビジネス会社、給食会社にて法人営業、採用、広報業務に従事 アニュアルレポート、統合報告書の作成 東日本大震災等では現地の医療関連従事者の業務サポートを手がける

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