エコリクコラム

2025.6.26
トピック
日本の食料と農業の未来を拓く!「農林水産研究イノベーション戦略2025」が描く変革のロードマップ〜食料安全保障、脱炭素化、そして現場の課題解決へ、スマート技術と研究基盤で挑む〜
日本の食料・農業・農村の持続可能性と競争力強化に向けた、新たな戦略が発表されました。2025年6月6日、農林水産省は「農林水産研究イノベーション戦略2025」を公表しました。これは、本年4月に閣議決定された新たな「食料・農業・農村基本計画」に基づく初の研究戦略であり、食料安全保障の強化や持続可能な食料システムの確立を支える技術開発を重視している点が特徴です。
戦略では、スマート農業機械や意思決定支援システムを活用した労働時間の削減と生産性向上、スマート育種支援による品種改良の推進を明記。さらに、国立研究開発法人の強化やスタートアップへの長期的支援、研究開発プラットフォームの形成など、イノベーションの基盤整備も図ります。この戦略は、食料安全保障の強化、環境負荷低減、そして生産者の所得向上という、日本の農業が抱える喫緊の課題解決に、技術とイノベーションで挑む決意を示しています。
農林水産研究イノベーション戦略2025について
「農林水産研究イノベーション戦略2025」は、日本の農林水産業が直面する構造的な課題に対し、研究開発とイノベーションの力で包括的に対応することを目指す、国の羅針盤となるものです。
【策定の背景】
- ■ 「食料・農業・農村基本計画」の改定: 2025年4月に閣議決定された新たな「食料・農業・農村基本計画」は、食料安全保障の強化を最重要課題と位置づけ、環境と調和した持続可能な食料システムの確立、そして農業経営の安定化と地域活性化を目標に掲げています。本戦略は、この新基本計画に沿った研究開発の方向性を示すものです。
- ■ 国内外の情勢変化:
- 気候変動: 異常気象の頻発による農業生産への影響増大、地球温暖化対策としてのGHG排出削減の必要性。
- 国際情勢: 地政学リスクの高まりによる食料供給網の不安定化。
- 国内課題: 農業従事者の高齢化・減少、担い手不足の深刻化、生産コストの上昇。
- 科学技術の進化: AI、IoT、ロボット、ゲノム編集などの先端技術が農業分野にもたらす変革の可能性。
【戦略の柱と重点分野(詳細)】
本戦略は、これらの背景を踏まえ、以下の3つの柱と、それらを支える基盤技術・体制整備を重点的に推進することを明記しています。
- 食料安全保障の強化と農林水産業の成長産業化 食料供給能力の向上と国際競争力の強化を目指します。
- ■ 収量・品質の最大化:
- スマート育種支援: ゲノム編集技術やAIを活用したデータ駆動型の品種改良を推進し、高温や病害虫に強い、多収で高品質な新品種を開発します。例えば、米や麦、大豆などの主要作物における収量向上と栽培安定化に貢献します。
- 精密な栽培管理技術: ドローンや衛星画像、各種センサーを活用し、圃場の状態(土壌、生育状況、病害虫の発生など)をリアルタイムで把握。AIによる分析に基づき、水や肥料、農薬の最適な投入時期・量を判断するシステムを開発・普及させ、収量最大化と資材コスト削減を両立させます。
- ■ 先端技術による省力化・自動化:
- スマート農業機械: 自動走行トラクターや収穫ロボット、ドローンによる農薬散布・生育診断など、労働時間を大幅に削減し、重労働を軽減するスマート農業機械の開発と実用化を加速します。遠隔操作や複数機械の協調作業も視野に入れます。
- 意思決定支援システム: 経験や勘に頼りがちだった農業経営をデータに基づいた合理的な判断に変えるためのシステムを開発。気象予測、市場価格、病害虫発生リスクなどを総合的に分析し、最適な作付け計画や経営判断を支援します。
- ■ 多様な農産物の生産拡大:
- 植物工場や閉鎖系栽培: 気候変動の影響を受けにくく、計画的な大量生産が可能な植物工場などの環境制御型農業の技術開発を推進。都市部での生産や、安定供給体制の確立に貢献します。
- 未利用資源の活用: 捨てられていた未利用農林水産資源(食品残渣、木質バイオマスなど)を、飼料、肥料、エネルギー、新素材などに変換する技術を開発し、資源循環と新たな価値創造を目指します。
- 環境と調和した持続可能な食料システムの確立 みどり戦略に基づき、環境負荷低減と生産性の両立を目指します。
- ■ GHG(温室効果ガス)排出削減:
- 低炭素型農業技術: メタンガス排出量を削減する水田管理技術、肥料使用量を最適化する技術、土壌炭素貯留を高める技術など、農業由来のGHG排出量を削減する技術を開発し、実証・普及を進めます。
- 再生可能エネルギーの導入: 農業用施設での太陽光発電導入支援や、バイオガス発電など、再生可能エネルギーの導入を促進します。
- ■ 資源循環の推進:
- 未利用資源の有効活用: 食品ロス削減技術、農林水産廃棄物からのバイオ燃料生産、堆肥化・メタン発酵技術など、資源循環型農業の実現に向けた技術開発を強化します。
- スマートな水管理: センサーやAIを活用した精密な水管理システムにより、水資源の効率的な利用を促進します。
- ■ 生物多様性の保全:
- 生物多様性への配慮型農業: 生物多様性を保全しつつ生産性を維持する農法(例:生態系サービスを活用した病害虫防除)の研究開発を推進します。
- 地域を支える多角的な機能の維持・強化 農山漁村地域の活性化と強靭化を目指します。
- ■ 中山間地域の活性化:
- 傾斜地対応型農業機械の開発、スマート農業技術の導入支援、地域特産品の高付加価値化、多角的な営農モデルの構築など、不利な条件を克服する技術とビジネスモデルを模索します。
- ■ 鳥獣被害対策の強化:
- ICTを活用した効果的な捕獲技術、侵入防止柵の最適配置、AIによる被害予測など、農作物への鳥獣被害を抑制する技術開発と普及を図ります。
- ■ 林業・水産業の活性化:
- リモートセンシングやAIを活用した森林資源管理、スマート養殖技術、海洋プラスチック問題対策など、林業・水産業における生産性向上と持続可能性確保に向けた技術開発を進めます。
【イノベーション基盤の整備】
上記の戦略を支えるため、以下の基盤整備も強化されます。
- 国立研究開発法人の強化: 農研機構など、中核的な研究機関の体制強化と、イノベーション創出機能の向上を図ります。
- スタートアップへの長期的支援: 農業分野のスタートアップ企業に対し、研究開発資金、実証の場、メンタリング、販路開拓など、多角的な支援を強化し、成長を後押しします。
- 研究開発プラットフォームの形成: 産学官連携を強化し、企業、大学、研究機関が一体となって研究開発に取り組むためのプラットフォームを構築。情報共有や共同研究を促進し、イノベーションの加速を目指します。
現状と課題について
「農林水産研究イノベーション戦略2025」は野心的な目標を掲げていますが、その実現には乗り越えるべき課題も多く存在します。
【現状】
- 農業従事者の高齢化・減少: 国内の農業従事者の平均年齢は60歳代後半に達し、労働力確保が限界に近づいています。新規就農者も伸び悩み、産業の担い手不足は深刻です。
- 食料自給率の低位安定: 主要品目の多くで海外への依存度が高く、国際情勢の変動に脆弱な状況です。
- 生産コストの高止まり: 燃料費、肥料費、飼料費などの上昇が農業経営を圧迫しており、所得が伸び悩んでいます。
- スマート農業の普及遅れ: 導入コストの高さ、ITリテラシーの不足、地域特性への不適合などにより、一部の大規模経営体を除き、スマート農業の本格的な普及には至っていません。
- 研究成果の実用化へのギャップ: 研究開発段階で優れた技術が生まれても、現場のニーズとのミスマッチや、実用化・普及への支援不足により、社会実装に至らないケースがあります。
【課題】
- 研究開発から社会実装までの加速: 大学や研究機関で生まれた基礎研究の成果を、企業が製品・サービスとして実用化し、農林水産現場に普及させるまでの「死の谷」を埋める仕組みの強化が不可欠です。
- スマート農業導入コストの低減: 機器やシステムの価格を引き下げ、中小規模の農家でも導入しやすいようにするための技術開発と、補助金制度などの経済的支援の拡充が求められます。
- 人材育成とデジタルリテラシー向上: スマート農業技術を使いこなせる人材の育成や、農業従事者全体のデジタルリテラシー向上に向けた継続的な研修や教育プログラムが必要です。
- データ連携と標準化: 異なるメーカーの機器やシステム間でデータが連携し、円滑に活用できるようなデータプラットフォームの構築と、データの標準化が重要です。
- 規制緩和と制度設計: 新しい技術やビジネスモデルの導入を妨げる可能性のある既存の法規制を見直し、イノベーションを促進するような制度設計が求められます。
- 地域特性への対応: 日本の農業は中山間地域が多く、画一的なスマート農業ソリューションでは対応が難しいケースがあります。地域の実情に合わせた技術開発や導入支援が必要です。
- 国民理解の促進: 食料安全保障や環境保全型農業の重要性について、国民全体の理解を深め、食の選択を通じたサポートを促すための啓発活動も重要です。
農林水産省が公表した「農林水産研究イノベーション戦略2025」は、日本の食料・農業・農村が抱える複雑な課題に対し、研究とイノベーションの力で総合的に挑む、意欲的なロードマップです。食料安全保障の強化、環境負荷の低減、そして生産者の負担軽減と所得向上という多岐にわたる目標達成には、スマート農業技術の本格的な普及と、それを支える研究開発基盤の強化が不可欠です。
特に、AIやロボット、データ分析といった先端技術を農業現場に実装し、人手不足の解消と生産性の向上を両立させることは、日本の農業の未来を左右するカギとなります。また、サステナブルな食料システムの構築は、国際的な課題である気候変動対策への日本の貢献としても重要です。
この戦略が掲げる目標を達成するためには、農林水産省、国立研究開発法人、企業、大学、そして現場の生産者が一体となり、知恵と技術を結集していく必要があります。研究成果が確実に現場に届き、持続可能な食料システムが構築されることで、日本の食の未来はより豊かで強靭なものとなるでしょう。
参考文献
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