エコリクコラム

2025.3.10
トピック
肥沃な土は平等ではなく、そして肥沃な土は減っている
歴史を振り返ると人間が住みやすい土地に必要とされているものは「水」と食物が育つ「良い土」がある場所であるとも考えられます。
生産力の高い「良い土」がある地域に人口が集中し文明が起こり発展してきました。
では「良い土」とはどういうものなのでしょうか?
良い土
良い土には次の4項目があります。
- ① 通気性、排水性が良い土(団粒構造、腐植)
- ② 保水性、保肥性が良い土(粘土、腐植)
- ③ 中性(酸性でもアルカリ性でもない)な土(乾燥地、水田)
- ④ 病気にかかりにくい土(生物多様性高い)

出所)森林総合研究所「家族経営農業と土壌の持続的利用」(※1)
肥料に依存しない特別な土壌(良い土)は『チェルノーゼム(黒土)』であり、図1の「世界の土壌図」で緑のエリアであらわされている通り、①黒海からウクライナのチェルノブイリ辺り、 ②北アメリカの五大湖近辺から南北に貫くプレーリー、③南アメリカのアルゼンチンにあるパンパに広がっています。
土壌の肥沃度はチェルノーゼム(黒土)がもっとも高く、次に粘土集積土壌、ひび割れ粘土質土壌になります。

このように、土の種類が変わると、同じ面積あたりの農業の生産力が変化し、同じ面積あたりで養うことができる人の数が変動します。つまり肥沃な土地が平等に行き渡っていないことは食糧問題に直結する問題であり、紛争の理由にもなります。
第二次世界大戦時、ドイツ軍がウクライナのチェルノーゼムを貨車に積んで持ち帰ろうとしたというエピソードもあります。
尚、日本の土壌分布は、水田では、灰色低地土、グライ土、黒ボク土の3土壌が全体の80%を占めています。
畑土壌では黒ボク土が半分を占めていて、樹園地では、褐色森林土の分布が37%になります。
耕地全体でみると灰色低地土、グライ土、黒ボク土の3土壌が約60%を占めます。
世界的に見ると日本の土壌は中程度の評価になります。
1ヘクタールあたり収穫できる穀物量の差
世界にある畑の面積を合わせると約15億ヘクタールになります。
1ヘクタールの畑で平均10人分の食料を生産できため、単純計算すると150億人は暮らせるということになります。
しかし、実際には世界人口80億人のうち1割の8億人が飢餓に苦しんでいます。
もちろん、食料の再分配の機能不全という政治的な要因もありますが、そもそも土の肥沃さに地域ごとで大きな差があるのも理由の一つです。
世界平均では、面積1ヘクタールあたり収穫できる穀物はだいたい毎年3トンですが、日本では1ヘクタールあたりで、米は5トン理論上収穫されますが、アフリカの畑では穀物は1トンも収穫できないのが現状です。
これは肥料や技術という面ではなく土壌の違いによる差になります。
良い土壌は減っている
100年以内に世界の畑の面積の16%は肥沃な表土30cmを失うというデータがあります。
また、耕した土が雨や風に流されてなくなってしまう「侵食」は、10年で表土1cmを失うというデータもあります。
そして、1cmの厚みの土ができるには100年、1mの土ができるのには1万年かかります。
土は「非再生可能な資源(non-renewable resource)」のため、このままでは年々収穫量が減っていく可能性があり、また気候変動の影響により雨、風の影響もあり良い土壌が減る速度も上がってきています。
4(フォー)パーミル・イニシアチブ
「4パーミル・イニシアチブ」は2015年のCOP21で、フランス政府が提案した国際的な取り組みで、日本もこの翌年にメンバーとなっています。
「パーミル」とは、0.1%のことです。この数値は次のような計算で算出されました。
人間が経済活動によって大気中に排出している炭素は、年間約100億トンずつ増えています。ここから木などが吸収する分を差し引くと、毎年約43億トン、排出が増えている計算になります。
一方、土の中には、1兆5000億~2兆トンの炭素があるとされ、うち表層の30~40センチには約9000億トンの炭素があるとされています。
土の表層にある9000億トンの炭素を年間ほぼ0.4%増やすことができれば、43億トンの排出分の大半を帳消しにできる計算になります。
(土壌に二酸化炭素を取り込み固定するには)
二酸化炭素は光合成によって植物に取り込まれます。
植物体の約半分は炭素です。その植物が枯れると落ち葉などの有機物として土に供給され、土壌微生物によって分解されます。
分解されることで二酸化炭素に戻り、再び大気中に放出されてしまいます。
しかし、有機物のすべてが分解されるわけではなく、腐植という形で土の中に残るものもあります。
残った有機物の約半分は炭素であり、植物が取り込んだ二酸化炭素からできたものです。
土の中に残った炭素の分だけ、土壌が大気中の二酸化炭素を固定したということになります。
しかし、実際には土壌中の有機物は分解され、大気中の二酸化炭素を増やしてしまいます。
この100年で大気中の二酸化炭素は40%増加しましたが、そのうちの2割は土壌劣化に由来しています。
このことに対する問題意識から「4パーミル・イニシアチブ」の提唱以降、「不耕起栽培」という農法が注目を集めるようになりました。
耕せば土の中に閉じ込められてきた有機物と空気が混ざり合い、土壌微生物が活性化します。
土壌微生物による有機物の分解が進めば、二酸化炭素が大気中に放出されてしまいます。
そのため、あえて耕さないことで地面を保護し、ミミズなどの働きで有機物を格納する団粒構造の発達をうながし、土壌微生物による分解を抑え、二酸化炭素の大気への放出を減少させます。
つまり「土」の力で温暖化を抑制しようということで「不耕起栽培」が注目されるようになりました。
ただ、不耕起栽培をすれば、すぐに土壌に有機物が増えて炭素をたくさん固定できるというわけではありません。
不耕起栽培では、表土の有機物は増えますが、下層土への有機物の供給は減ります。
土壌全体で耕すよりも耕さないほうが土壌中の有機物が多いという状態になるまで平均して10年ほど時間を要するといった研究データもあります。
『耕す、耕さない』という二項対立に陥るのではなく、過剰に耕さないということが大切です。
日本における4パーミル・イニシアチブへの取り組み
日本では、2021年2月に「4パーミル・イニシアチブ推進全国協議会」が発足しました。日本でいち早く取り組みをスタートした山梨県主導のもと、東京や神奈川など、全国13の都や県が参加しています。
(山梨県の取り組み)
山梨県の主要農産物であるモモやブドウなどの果樹園では、冬に枝などを切る剪定を行っています。
その際に発生する剪定枝には、植物の光合成によって炭素が貯蓄されているので、剪定枝を燃やすと、炭素が酸素と結合して二酸化炭素になり、大気中に放出されます。
しかし、剪定枝を炭にすることで二酸化炭素の発生を減らすことができるだけでなく、微生物などによる分解がされにくくなります。
その炭を畑にまくことで半永久的に炭素を土壌中に留めることができ、大気中の二酸化炭素の増加量を抑えることにつながります。
(今後の課題と期待)
研究や実証がスタートしたばかりの4パーミル・イニシアチブですが、4パーミル数値の妥当性や、どのように実現していくのかが課題です。特に効果を正しく判定するにはある程度の年月が必要になります。
また、「4パーミルずつ増加」という目標が実現可能なのか、農業現場における負担がどれだけなのかなど注視する点は多いです。
4パーミル・イニシアチブは土壌の劣化予防や食料の安定供給など、土壌の肥沃化にはさまざまなメリットが期待できます。