エコリクコラム
2023.7.24
トピック
「環境DNA調査」…グリーンジョブのアプローチの進化
自然環境系グリーンジョブの代表的な業務に「環境アセスメント(環境影響評価)調査」の仕事があります。これは、大規模な都市開発や道路河川などのインフラ開発を実施するに際し、事業が環境にどのような影響を及ぼすかについて、自治体や事業会社の依頼を受けて、環境コンサルティング会社などで活動するものです。
調査・予測・評価を行い、その内容を公表して、住民や自治体から意見を聴き、環境保全の観点から総合的かつ計画的に、より望ましい事業計画を作り上げていこうとする環境アセスメント制度を支える重要な業務であるため、環境全般に対する高い意識と正確な分析力が必要となりますが、社会的な波及効果も高いのでやりがいも大きな仕事です。
この調査対象となる環境要素には、大気環境(大気質、騒音、振動等)、水環境(水質、地下水等)、土壌環境(地質、土壌汚染対策)等だけでなく、生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全も含まれ、植物、動物、生態系の観点から調査・予測・評価を行う専門家が求められます。
中でも調査が難しいといわれる、生物の多様性や生態系の調査に際しては、これまでは多くの場合、実際に開発予定地に赴いてその土地の動植物の同定(生物の分類学上の所属・名称を明らかにすること)を行って、データを取り、影響を予測する、緻密な作業が欠かせませんが、最近では、この分野でもAIの導入が進み始めています。
それが、「DNA調査」です。刑事ドラマなどで、よく現場に残された犯人の毛髪・体液などでDNA鑑定を行って科学犯罪捜査を行うシーンが登場しますが、この環境アセスメント版です。例えば、魚の調査の場合、海や河川・湖沼には魚の排泄物や粘液、剥がれ落ちた鱗・皮膚などを通じて様々な魚のDNAがその場所の水中にごく微量存在します。
今までは、数人のダイバーが現場の海域に潜水して魚の観察や同定を行ったり、網で捕獲したりするなどしか確認の手段がありませんでしたし、たまたまそのタイミングで発見されなければ確認に至らず、そのため希少種や固体数の少ない魚類であればあるほど調査は容易ではなかったのです。
それに対して、水の採取は比較的容易なうえ、採取した水の環境DNA解析をすれば、その場所に居る魚の種類やおおよその個体数の推定が可能となります。
「環境DNA調査」には次のようなメリットがあるといわれます。
- ①当該水中にいる様々な種類の生物を一度に検出できる。
- ②調査の時間や労力を軽減でき、迅速化・効率化が進む。
- ③捕獲により生物を傷つけたり、環境自体に負荷をかけたりせずに生息状況を把握できる。
- ④生物種同定の高度知識や経験が無くても、機器を用いれば塩基配列で高精度の解析が可能。
こうした調査が可能となった背景には、AIやビッグデータの進化によって、膨大な魚類のDNAのデータが整理され、データとの照合ができるようになったという事情があります。その結果、これまでは専門家しか調査に関われなかった環境調査も、その入り口では、市民参加や児童・学生の環境学習会との連動などによる水の採取活動として実施することで、地域住民の生き物に対する気づきという生物多様性保全において、とても大切な局面を担えるようになってきています。
こうした市民を巻き込んだ調査の場では、グリーンジョブ専門家の役割も、周囲に対してわかりやすく説明し、意識啓発を導くという相手の立場に立った高いコミュニケーション力が必要となってきます。ある現場では、この調査に関わった少女が自分で汲んだ海水を見て、「バケツの水が宝物に見えてきた」という素敵なメッセージを寄せてくれたということです。人の育成にも貢献できますね。
この夏も、環境NGOアースウォッチ・ジャパンが、分析手法を開発された東北大学の近藤倫生教授を始めとする研究者とともにこうした「環境DNAを用いた魚類調査プロジェクト」を実施します。以前のコラムで生物多様性やネイチャーポジティブについてご紹介しましたが、実は、日本は世界的な生物多様性のホットスポットであり、海域についても、日本近海の容積は全海洋の0.9%しかないにもかかわらず、全海洋生物の23万種の13~15%の生物が出現するという貴重なエリアと評価されています。研究データが科学者・自治体や企業に活用されれば、環境保全や水産資源育成にも役立ちます。
2020~2022年の過去3回の調査では、261地点より744種の魚類データが確認されており、これは、日本近海に存在する2~3000種の3分の1に相当します(※1)。今回第4回目となる2023年夏の調査は、一般市民ボランティアが87地点、職業研究者が40地点の調査に参加し、全国127地点で実施しますが、著者もこれにボランティアとして参加してきますので、結果はまたご報告しますね。