コラム

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冷静に環境を捉えられる人間を育てる

2019.9.25

インタビュー

磯部 孝行 氏 | 冷静に環境を捉えられる人間を育てる

「環境の専門家/プロフェッショナルになる。2030年までにSDGsを達成する。持続可能な社会を構築する。誰一人取り残さない社会をつくる。」というビジョンを掲げている武蔵野大学環境システム学科。
講師の磯部孝行様にご専門の建築廃材のLCA評価やSDGsなどについてお話しいただきました。

先生のこれまでのご経歴と現在の業務についてお話しくださいますか?

東京理科大学理工学部建築学科に在籍して、卒業研究は「建築廃材の環境負荷削減ポテンシャルのLCA(ライフサイクルアセスメント)評価」でした。産総研のLCA研究センターの研究員の方と建設廃棄物のリサイクルでのCO2削減ポテンシャル、最終処分の削減ポテンシャルを研究していました。
それがきっかけで、大学院は柏の葉にある東京大学の新領域創成科学研究科に進んで、建設リサイクルや建築の解体をメインに研究されている清家剛先生の下で、建材のLCA評価を研究しました。
具体的には、木材、板ガラス、石膏ボード、プラスチックについて国内外を含めて調べました。建築廃棄物は色々な産業と関わっていて、例えば石膏ボードだと電力会社から出た副産石膏を使っていたり、ガラスであれば板ガラスからグラスウールにしたりガラス瓶からグラスウールにしたりなど、資源調達やリサイクルの過程までみると他の産業とつながっています。そこで、「建築だけでなく他の産業とのつながりを含めた系の中での資源利用の最適化は何か?」といったテーマを修士論文の研究とし、LCA評価を用い木材、ガラス、石膏ボード、プラスチック(塩ビ系)を取り扱いました。

修士卒業後の就職とドクターの進学を同時にし、就職先は愛知県庁の建築を所管している建築担当局でした。同時に博士課程にも進学して研究を続けようと思っていたんですが、大学が東京(千葉)で職場が名古屋ということもあり、あまり大学に通えなくて両立できずにいました。
県庁時代は、建設リサイクル法、建築物省エネ法の環境系を所管している部署で、2年間ほど建築に関わる環境法の行政職で、行政として建築廃棄物をどう扱うかなどをしていました。当時、担当者として建設リサイクル法については課題に思うことがありました。その内容として、建設リサイクル法でできる法律の範囲というのがありまして、特定建設資材に関してはリサイクルが義務化されているのですが、その他建設資材については、分別解体の徹底を指導することしかできないといった点です。分別解体の徹底を指導することは非常に重要ですが、その中で、行政職員としてできることは現場管理だけだなと思いが強くなり、行政職員としての限界を感じて、退職をして博士課程に専念することにしました。
修士の時は国内の資源の最適化を研究していたんですけど、その当時からプラスチックのリサイクルに関する問題意識はあったんです。海外にプラスチックが輸出されているけれど、業界関係者はリサイクルされていると胸を張って言うんです。実はその先については誰もわかっていないものが多くて、実際にその先はどうなっているのかを調べなくてはいけないと、それを博士論文の研究としました。塩化ビニル樹脂を用いた建材の塩ビ管と樹脂の窓枠を対象に、国内のリサイクル施設、輸出先の東アジアの国々をみてきて、各国でどういうリサイクルがされているか、日本の廃材の品質がどうかなどを調べてきました。面白かったのは、日本で廃棄された建材由来のプラスチックは品質が良いので、ちゃんと分けられていれば海外は欲しがっている点ですね。特に台湾とかは自国の建材のプラスチックだと品質が良くないので、あえてアメリカや日本の廃材を輸入して品質を上げているとのことでした。つまり、日本では使いにくいと考えられているリサイクル原料ですが、海外では資源として認められており資源の最適化がされているなというのが正直なところですね。2015年に中国へ調査にいった際も、中国の廃プラスチックの需要はまだまだあって、数万トン単位で欲しいので日本にはどのくらいあるのかなど、業者からの問い合わせがあったんですが、それ以降、中国も規制に入ってしまって、今は輸出するのは難しい状況なのかなと思います。
研究対象としては、建材に用いられていた塩化ビニル樹脂だけですが、自身の研究活動をとおして、日本のプラスチックの資源循環のあり方を考えた時に、日本国内だけだと今後需要が落ちるので限界があると感じています。日本国内には一定のインフラ的な規模は必要ですが、やはり国際的な資源循環は、必要な仕組みが必要だと思っています。

最近、廃棄物をリサイクルしたら原料が売れるという時代は終わりつつあると考えていて、ものづくりの視点からリサイクルを考えることが必要だと思っています。ある建築物を建てる際、廃材を使うことの“かっこいい”とか、廃材ならではの特徴を活かした建築材料の使い方とか議論されていくと、建築業界は、大量にゴミを排出する産業ではなくゴミを活用する産業になれるのではと考えていて、廃材の活用を考えるアプローチが必要なのかなと思っています。また、建築物は寿命が長いので、長寿命化することでゴミの対策につながるという考えもあるんですけど、寿命が伸びたところで100年後にはゴミが出ることには変わりがない。やはり資源についてもっと考えていかないといけない業界だなと思っています。
2019年現在、SDGsの考えなども広がり、建築業界も上手く資源を使う方法を検討していかなくてはいけない時代に入っているのかなと思っています。SDGsの視点から建築のリサイクルを述べると、目標12の「つくる責任つかう責任」を通して目標11の「住み続けられるまちづくり」になると思うので、「つくる責任つかう責任」がしっかりできていないと、ゴミを捨てられないなどの事態が起きてしまって、住み続けられない都市に陥りかねないため、上手く資源を使えるような設計技術とかができてくると非常に良いのかなと考えています。

何故大学教員という道を選ばれたのですか?

自分の考えをとことん追求できるとか、自由なところに魅力を感じたからです。ただそれが自己満足じゃダメなので、ちゃんと学生や企業、社会のために研究活動などをしていく、そういうことを一番中立的立場でできるというのが、大学教員の魅力だと思っています。
そして、他にも大学教員のメリットはすごくあると思います。多様な年齢層や職種の方々と一緒にものごとを考え、一緒に未来を見つめるということできるといった点では非常に魅力的な職業だと思っています。

研究対象でもある建築業界でSDGsがどのように取り組まれているのか教えてください。

僕自身は中小の企業に関心があって、SDGsはグローバルな視点で大企業が取り組むものだと最初思ってしまったんですけど、中小の企業に対してもメリットは非常に大きいなと思います。特に、建築業界の中小企業である工務店だと年間10〜20棟の住宅を建てますが、大手企業だと年間数千棟単位以上になってしまうんですよね。そうするとこだわりのある資材、例えば持続可能な森林から調達する木材を選定することなどが、一万棟ベースでは非常に難しいけれども10棟などの小規模であれば可能になるのでとことん拘る。そういうことでSDGsの中でのポテンシャルは、中小の方が高いと思っています。ですので、建築業界の中小企業である工務店がSDGsに取り組む意義と、そのポテンシャルは非常に高いと思っています。そして、SDGsは持続可能な社会を構築するための一つのアイデアツールだと思っていまして、それを活用しているところは非常に元気な会社が多くて、女性活躍なんかもそうですし、働き方改革とかもそうですけど・・・。

調達に関してとことん拘って競争力につなげているような会社について詳しくお聞かせください。

建築業界ではKD材という人工乾燥材が主流なんですけど、とある工務店では天然乾燥に拘っていて、地域の林産業者と連携をして、地元の山から木材を調達して石油を使わずに乾燥させる自社のヤードを持って、その材を使って住宅を建てるということをしています。それは大手メーカーではできないことで、そこは非常に先進的ですね。国内の林業を元気にすることを考えると、国内の林業の供給量には限界があるので、大手メーカーではかなりハードルが高い取組になってしまいますが、年100戸とかの規模ベースだとこだわりを持った天然乾燥などを作り出せるんです。

供給量に限界があるということを考えるとそうですね。中小企業の方が取り組みやすいしメリットが大きいんですね。

グローバルな持続可能は非常に重要な視点ですけど、地域での持続可能性もあるので、そういう意味で地域に果たす役割は中小企業の方が大きい、ちゃんと貢献できるのではないかと。地域で調達できるものは何で、どのくらいうちで使えるかとか、全部使えるかもしれないとかそういうことができるので。工務店とか小さい建築事業者であれば、量は少なくても10棟の10%になるとか大きなウエイトを占めてくるので・・・。

そういうような取り組みを進めていくに当たって一番大きな課題は何ですか?

パートナーシップとかだと思いますね。資本主義が根深く浸透してしまっている現在、安く物を買おうとか思いっきり儲けようとかの思考が強いと思いますが、そうではなくて何のためにその材を買うとか材を買うことでどういう効果があるとかをちょっと考えると一つ変わるのかなと思いますね。否定はできませんが現在は、物の質と金銭だけが判断基準になっているので、品質が良くて安いので買うというバイアスがかかると思うんですけど、地元の材を買うことであの人たちにお金が渡っているということが見えるとか、物を買うことで業界を応援しているとか「顔が見える消費」が重要だなと思います。そこがSDGsで変わりつつあるのかなと思います。

日用品とかだとエシカルな消費はありますが、建築だとイメージが湧きづらいですね。

わからないですね。部品がすごく多いので・・・家電などは部品が多少限定されているので、ちゃんとここから調達するとか限定できるんですけど、建築だと多すぎて。建築もちゃんと顔が見える部材とかになればいいですよね。多分昔はちゃんとあったんですよね。木曽檜とか吉野杉が良いとか。施主も、住宅を買うことで業者さんを応援しているとかそういう視点があるとちょっとでも変わってくるのかなと思いますね。応援する会社でありたいという面白い工務店があるんですが、「応援する消費」というキーワードが重要なのかなと。SDGsが出てきてからそういうのを意識しますね。

リサイクルの時も思いましたけど「応援する消費」については・・・ヨーロッパとかアメリカ行った時に我々はチップを払う習慣がないので違和感を感じると思うんですけど、その習慣がSDGsじゃないかなと。感謝する気持ちですね。ドイツのレストランに行った時に僕はお金を払っていないのでわからなかったんですけど、私の師が「ヨーロッパは料理が全然出てこないけど文句を言うな。海外のレストランはお店の方が偉い、食いにきているんだろ?と言うスタンスだから」と言うのを聞いて、当時は何にも思わなかったのですが。今考えると、非常に合理的だなと、このレストランの食事は美味しいから、月に1回は絶対にご飯食べに行きたい。潰れたら食べられなくなってしまうから、ちゃんとお金を払ってあげないと。そこがSDGsとか持続可能な社会の一つじゃないのかなと思いますね。現在は、ちょっと高いとか、質とお金が結びつき過ぎているので、それをどう打開するかというか。

そういう社会にならないと持続可能にはならないんですけど、それを押し付けるのも良くないと。環境にいいからだけでは、多くの人は認めてくれないんですよね。やはり消費者目線じゃないとダメで環境をどう冷静に見れているかが、環境学を学んだ人のあり方だと思います。

リサイクルもそうなんですが、是が非でもリサイクルをすれば良いというのではなくて、どういうものをリサイクルすべきか知識を持っているのが環境学をきちんと学んだ人で、埋め立てが悪いとかプラスチックを燃やしてはいけないとか。燃やして良いプラスチックも実はあるかもしれないと考え、そこをちゃんと説明できる人が環境学を知っている人間で、やはり環境を護るためにどう経済的にアプローチできるかとかそういう広い視野で考えていかないと、エゴで終わってしまうなと思っています。

持続可能な社会を実現するために求められる人材についてお話いただけますか?

冷静に環境を捉えられる人間になって欲しいですね。天然素材がいいとか地産地消がいいとかもあると思うんですけど、実は環境的に見ると地産地消が悪かったり天然素材はアレルギーを起こしたりするものもあったりするので・・・化学物質はすごく嫌悪されていますけど、化学物質で人々の生活はかなり安全な方に行ったのにとか・・・そういうところをちゃんとみられる人間になって欲しいですね。冷静な判断、ゼロでいいという議論をする人間にはならないほうがいい・・多分そこが環境学じゃないかと思いますね。バランスを見ながら結論を出し、本当に危ないものは危ないのでやっちゃダメだよと言える人間でなくてはならないと思っています。

学生を指導する時に心がけていることがありますか?

環境学を嫌いになれとは言わないですが、そういう指導をしているかもしれませんね。環境学を好きになりすぎるなと。嫌いなものの方が冷静に見られるときもありますよね、ちょっと距離を取りなさいと言いますね。じゃないと信じちゃうので。

実のところ、僕は大学院での就職活動の際、民間企業にじゃんじゃん落とされたのですが、その頃は環境学が大好きでリサイクルしなくてはいけないという熱意に燃えていたんですね。総合商社を受け、これから資源の流れを変えましょうという説明をしたんですけど、誰も頷いてくれなかったですね。今、僕の後輩などは「リサイクルやっているの?面白いね」と言ってもらえるみたいですが、当時はそんな感じでした。その時に思ったのは、好きすぎると視野が狭くなって冷静な判断ができず、自分のエゴを押し付けてしまったと。そこでちょっと距離を置くことで、100%を目指すにはどうしたらいいんだろうというリサイクルではなくて80%でも良いのではないかとか、どのくらいのバランスが資源と経済効率が良いのかとか見られる。そういう意味で、就職活動に失敗してよかったと思っています。環境学と距離をちゃんと置いて環境学の知識をもっている人間、「すべきだじゃなくて説明できる人間」を育てたいと思っています。

研究室での取り組みや指導学生の活動について教えてください。

企業との共同開発になっていますが、学生が勝手にやり始めたペットボトルのキャップをプレスして作るシートやアクセサリー作りを支援しています。手作りですがクオリティがどんどんあがっていくんですよ。 大学にいると面白いことがあって、若い人って色々な物の価値を見出すことに長けているんですよね。キャップから汚い色のシートを作ったんですけど、色々な色を混ぜると綺麗な色のものができることがわかり、今度はそれをアクセサリーにしようという学生が現れてきて、廃材の新しい使い方をその感性で発見していくんですよね。廃材を使わないとできないものって多分いっぱいあるんです。廃材を使うことを楽しむ…これが転機になりましたね。 学生は卒論の研究のためではなくて自分の趣味で作っていますね、趣味ってすごいです。 研究のための研究をしていることがあって、新しい分析の方法や新しい知見を得るために再度計算し直すとか、ちょっと複雑な計算をしてみたりとか。その意味はあると思うのですが、本質的な部分は意外と簡単な計算でできたりするので、論文で評価されることにこだわりすぎてしまうと、社会とどんどんかけ離れてしまう部分もあるのかなと思っています。もう少し実社会に結びつくものがあると思うと、趣味って実社会に結びついていてすごいと思います。 本来プラスチックの強度を図るための試験片を作るためのプレス機で、それほどハイテクなものでもありませんが、楽しんで作っています。

学生が作成したペットボトルのキャップを利用したアクセサリー

貴重なお話をいただきありがとうございました。

プロフィール

磯部 孝行(いそべ たかゆき)

磯部 孝行(いそべ たかゆき)

武蔵野大学 工学部 環境システム学科 講師

武蔵野大学環境システム学科

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