エコリクコラム
2018.12.20
インタビュー
鈴木 牧 氏 | 「越境」キャリアが切り開く、これからの生態学
東京大学大学院 生物圏機能学分野 准教授であり、一般社団法人日本生態学会のキャリア支援委員も務める鈴木牧先生にこれからの生態学とSDGsの関り、求められる人材などについてお話しいただきました。
学生時代の研究を教えてください。
私は大学も大学院も北海道大学で、都合9年間を過ごしました。高校生の頃に、森林が減少しているなどの問題に興味があったので、農学部の森林科学科に入学しました。当時、北海道大学に日本の生態学者の著名な方々が教員として集まってきていて、生態学についてその先生方から授業で教わる機会がありました。それまで自分は植林のような直接役に立つことを考えてきましたが、生態学の基礎的なことも勉強したほうが良いのでは、と思うようになり、生物の間の相互作用や、生物自体がどのように生きているのかといった基礎的な生物学の勉強にシフトしていきました。
大学院では、木が成長するときにどのような原理で形態形成していくのかを研究するようになりました。木という生き物は、原理としては無限に成長できることになっていて、草は成長するとやがて地上部が全部枯れてしまいますが、木は末端を継ぎ足し継ぎ足しで成長していきます。末端には中央の管制を受けないで全く独立した部分もあり、その場所が明るいか暗いか、栄養がどこまで上がってくるか、どのくらい敵に攻撃されるかなど、枝1本1本の利害でどちらの方向へ伸びるか、どのくらいの大きさになるのか変わってきます。そのように半自律性の部分もありながら、一方で末端は本体のボディからある程度栄養をもらわないと生きていけないので、完全に独立してもいません。そういう組み合わせで、枝は半分は自分の都合で大きくなっているのに木が全体として統制が取れたものになるのは、凄く不思議だなと思いました。ある意味、人間の社会が自己組織化していくところと少し似ている部分があって、木がわかると人間社会のありようも少し理解できるんじゃないかと当時思ったので、大学院では「半自律性ユニットの集合体としての樹木の個体形成」ということを研究していました。
現在のお仕事(東京大学)に至るまでの経緯について教えてください。
大学院で学位をとってから京都大学に研修生として行き、そちらで2年ほど似たようなことをやりながら、教授や学生の研究補助を行いました。
その後は兵庫県の博物館の客員研究員になりました。当時は、県の野生動物保護管理が本格的に動き出すときで、植物の研究者が必要でした。野生動物の管理をしている方たちは動物の分野の出身者が多く、植物の研究はあまり詳しくなかったので、動物が増えると植物がどのようにダメージを受けるかといった、動物と植物の関係を研究できる人間が一人必要ということで、しばらくそちらで研究をしました。今もニホンジカの研究をしていますが、その時に初めてニホンジカの勉強を始めたという経緯があります。なので私は野生動物の分野に入ったのは遅いんです。元々植物の研究者だったのですが、動物をやっている人たちと協働させていただくことは凄く面白かったです。
珍しい経歴なのですね。業務で大きな変化はありましたか?
珍しいかもしれませんね。博物館に行く前は、それまでやっていた樹木の個体形成の分野で自分がどういう風に研究を進めたら良いか、少し煮詰まっていた時期でした。そこで、思い切って違うことをやってみたらどうかと当時の受入機関の先生にも言われまして、全く違うことをやってみたという経緯です。やってみたらすごく面白くて、それまで私はGISや、シミュレーションはあまりやっていなかったのですが、そういうスキルがどんどん必要になり、必死でやりました。そこで自分のできることの幅が広がったというのがありがたかったですね。自分の出身分野の人たちが当然だと思っているようなこと、例えば言葉の使い方一つについても、「密度」といってもそれが何の密度かと聞かれたり、「数」というと何の数なんだと聞かれたり。同じ分野の人たちだけで話をしていればそこまで説明する必要はないんですが、他の分野の人たちと話す時は、「あ、こういうこともちゃんと話さなければいけないんだ」とか「どこから説明しなければいけないんだ」と考えるようになって、そういう意味でもすごく勉強になりました。
その頃、東京大学と千葉県と国立環境研究所の人たちが参画している千葉県房総半島のニホンジカ保護管理の大きなプロジェクトが動くことになりました。そこで当時募集が出た人材が、「植物ができてGISができてシミュレーションができる人」ということで、まさに私が当時やっていたことだったので、プロジェクトに参加できることになりました。すごく運が良かったと思っています。
もともと、房総半島の中でのニホンジカの数の分布をずっと県の研究者の方々が調べていて、1990年代後半からデータがありました。それはものすごく稀有なことで、日本でそこまで広域に亘って細かい空間精度で、どこにどれくらいシカがいるかわかっているというのは、多分房総しかないと思います。こんな素晴らしいデータがあると、ニホンジカが増えると植物がどう減っていくのかが、それぞれの地域で植生調査をするだけでわかるのです。横軸にシカの密度をとって縦軸に植物の状態をとって、両者の関係のグラフが1年で書けてしまう。そんなグラフが日本で描けるところは多分他にないんじゃないか?これはすごい!ということで、その研究を精力的にやるようになりました。
横軸にシカの密度をとって縦軸に植物の状態をとった時に、普通は単純に右下がりになるだろうと考えます。当然シカが増えれば食べられる植物も増えますので、たしかに量としては減っていくのですが、植物の種類は必ずしもそうはならなくて、1回増えてから減るようなことが予想されます。全くシカがいないときは,光や水の資源を植物が奪い合って、競争に強い種だけが残るので、植物の種数は減っていきます。環境が安定した状況では、一つのルールのもとで格差が拡大していって、強いものだけが生き残るという残念な世の中になってしまうわけです。ですが、そこに、大きくなった植物が優先的に食べられるという条件が加わってくると、今まで競争に負けて残念な生活をしていた種にチャンスが生まれて、それらの植物も大きくなれるので、種の数が増えていくんです。ですが、さらにシカが増えて植物を食べ続けると、いずれはみんな食べられてしまうので種数は減っていきます。
これは、生態学で一般に言われている「中規模撹乱仮説」という非常に有名な学説です。私はその学説が学生時代に好きで、シカの密度の地図があると聞いた時にそのことを真っ先に思いついたんです。もしかしたらこういうパターンが出てくるんじゃないか、と宮下直先生(東京大学)にお話ししたら、それは面白いねということになりまして、それを検証してみたわけです。その論文が、私の業績の中では多く引用していただいているものになっていまして、ありがたいことに学会から賞もいただき、海外の方の有名な論文にも引用していただきました。今思っても、データを取られた千葉の方々と一緒に仕事ができれたことが非常に大きくて、他の方がデータを見られても気がつかなかったことが、私自身が学生時代に注意して考えていたことと重なって、良いイノベーションみたいなものができたと思います。それは自分のキャリアの中でも面白かったことで、成功談になりましたね。
苦労はしたけれどもGISやシミュレーションという新たなスキルを学んでいたことが、今に生きているのですね。
本当に、GISが使えなかったらこの研究もできていないです。シカの密度のデータは、点情報ではあったけれど、それを面に延ばす技術がその当時のチームにはなかったので、それを私が持ち込んで、全ての場所でシカ密度のある程度の推定値が計算できるようになり、その上でモデルを当てはめることができました。自分の中でいろいろなことが集約して行った感じがあってカタルシスを覚えましたね。そこから東京大学の研究室に通わせてもらって、演習林の教員の公募を受けたりして、現在に至ります。 いまは、ダメージを一回受けて崩壊した生態系がどういう風に回復していくのか、あるいは回復可能なのかということに興味があって、本研究室で精力的に取り組んでいます。
今生態学で注目されているテーマ、キーワードは何でしょうか?
手前味噌ですが、まさに自分が今やっているところだと思っています。地球環境が今すごい勢いで変化していますが、それぞれの生態系に対してダメージが与えられた時にその生態系がどこまでのダメージに耐えられるのか。ダメージがかかり続けた時に、生態系が徐々に弱っていくのか、それともティッピング・ポイントみたいなものがあって、そこを超えると急にカクンとシステムの状況が大きく劣化してしまうのか…ということが問題になっています。それに、ダメージを受けた後にどういう風に回復していくのか、そもそも本当に回復していけるのかということもですね。まとめて言うと「レジリエンス」というのが、一つキーワードになってきます。物理でもレジリエンスという概念がありますね。ある状態のシステムが他の状態に相転移を起こすことをレジームシフトといいます。物理の方で言われているカタストロフィの考え方のモデルを、生態学のほうに導入できるのではないかということが、1990年代ころから言われ始めました。生態系の状態のトランジションを大きく捉えて、それを実際のSDGsのような枠組みの中で当てはめて持続的な開発目標に生かしていけるのかということは、今一つのメインのトピックになっています。
SDGsの各目標の中でもレジリエンスは多く使われていますが、生態学の方でも研究のテーマとして関心が集まっているんですね。
そうならざるを得ないところだと思います。1970年代、1980年代はどうやってダメージを与えず、がっちり保護するかというところに焦点が置かれていたのですが、今世紀に入ってからは、どこまで耐えられるのかを定量的に表そうとする流れが出てきているように思います。
かつての自然観では、人間が全然手をかけない自然の林というのが一番良い、森は自然に良い状態になるという考え方が多かったと思います。しかし、例えば森林でいうと、実は日本の天然林というのは一回は人間が利用しているところが殆どです。その中でも江戸時代の昔から人間が何度も伐採している森林は、日本の国土の森林のかなりのウェイトを占めています。そういう所を全く人間が手を加えずにただ放置しておけば良い状態になるかというと、そうではない。遷移が進み、鬱蒼と暗い森になった時には、増えたシカのダメージに対して非常に脆弱な状態になってしまう。そういう所で、昔やられていたように薪などを取る伐採をやると、ちゃんと植物が生えてきて回復していく。森林のレジリエンスというのは、シカと森林の間で完結しているのではなく、人間をちゃんと入れて考えていかないといけません。人間と森林の付き合い方が変わってきたことも含めて考える必要があります。
「持続的な利用」は生態系の持続性にも関わっている,という視点の必要性を,研究室のメインのメッセージとしてやらせていただいているところです。
特定の領域に固執しなかった先生の越境的な学びとキャリアがあってこそ、SDGs含め、様々なことにアプローチできる今があるとお見受けします。今後どういう人材が求められてくるのか、SDGsの実現に向けて生態学を専攻する学生への期待についてもお聞かせください。
うちの研究室の卒業生はいろいろなところへ行っています。研究機関に行った人もいますし、金融、人材、コンサルや官僚になった人もいます。生態学は幅広い学問で、生物の研究だけをしていると思われがちですが、そうではなくて生物を通して人間を見ている、人間を通して生物を見ているところもあります。生態学は、人間の社会を生態系の中にどう位置付けていくのかを扱っているのだと思います。我々が基礎の研究を通して伝えたいのはそういうところで、ただ生物だけのことではありません。人間も半分は自然だけど半分は自然じゃない、生態系から自立しているようであって、生態系に引っ張られているところもある。半自律的に生態系と関わっている境界領域にあるような人間が、今後どういう風に他の生物と付き合っていき、自分たちを「支えながら引っ張っている」生態系とどう付き合っていくのか。そういう事を,官僚になった人も、企業に就職した人も、それぞれの立場で生態学のアイデアで考えていってもらうことで、SDGsの大きい目標を全体として下支えしていく。…ということになっていけば、すごくいいなと思います。ここで勉強した学生たちが、そういうアイデアを体感して出て行ってもらい、それぞれの業種の中で、それぞれの立場でものを考える時に、生態学者が持っている自然との関係性のイメージが世の中に伝わっていくのではと思っています。私の研究室に限らず、日本生態学会においても、そういったことを期待して、若い会員に様々なキャリアを選択してもらえる取り組みをしています。
SDGsの目標はパッと読んでもわからない、多分一般の人には分かりにくいと思うんですけど、我々が読むと「そうだよね」ってなることが結構あります。実際考えたことがない人たちが「言われてもピンとこないな」という時に、ピンとくる人間が一人いて、これはこういうことだよと説明できれば、すんなり入っていけるということもあるんじゃないかと。生態系に関しては、一生懸命実験して、我々が言えるようになってきたこともありますが、SDGsには国と国との関係や個人と個人の関係などいろいろな難しい問題があります。そこの部分はそれぞれの専門家の人たちがそれぞれピンとくる部分があるだろうと思います。そういう人たちが少しずつ、分野を超えて繋がっていくことが大切だと思います。
貴重なお話をいただきありがとうございました。
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