宮下 直 氏 | 社会のニーズに応えられる広い視野を持った人材を育てたい | グリーンジョブのエコリク

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社会のニーズに応えられる広い視野を持った人材を育てたい

2016.11.20

インタビュー

宮下 直 氏 | 社会のニーズに応えられる広い視野を持った人材を育てたい

今回は東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻教授(農学博士)、宮下 直 教授にお話を伺いました。

先生のご経歴についてお聞かせください。

生物多様性の保全や利用に関する研究が主流に

東京大学の理科2類を出まして、その後農学部に進学しました。今は森林科学と言いますが、昔は林学という学科に入って、動物の生態学を続けてきました。昔は生態学と言うと、害虫など害になる動物とか食べる魚の資源の管理が多かったんですけど、今は大分変りまして、1990年代くらいから保全生物学という絶滅危惧種とか希少種の保全といったことを中心とした学問が発展しました。私は長野県の飯田の出身で、もともとチョウとかトンボとか鳥とか生き物が好きだったものですから、昔と違って生物の多様性の保全や利用に関する研究が主流になってきているので、自分なりに活き活きやっていると思います。

いま所属している生圏システム学という専攻は新しくできたものです。農学というのは皆さんご存知の通り、農業や林業や水産業というのがベースですが、昨今の環境問題は個々のフィールドだけで物事の解決が難しくなってきています。生物の保全はもちろん、増えすぎた野生動物、シカとかイノシシの管理もそうですね。もちろん人間の生活環境と関係してくる。それで、生圏システムという新しい専攻が20年くらい前にできたんです。それは古い意味での農学らしくはないですけど、場を統合するようなフィールド科学というものが新しくできて、そこに私は移ったわけです。

先生は学生時代から大学などのアカデミックなキャリア、研究者を希望されていたんですか?

一時は高校の先生になることも考えて・・・

基本的には大学にこだわったわけではないです。ただ、当時は国の林業試験場(現在の森林総合研究所)というものがありまして、もともと森林系だったので、そのあたりを就職先にと漠然と考えていましたが、研究を進めていくうちに、大学院に進学して学位くらい取りたいと思うようになりました。

なぜ一般就職以外を考えていたかというと、父親が小学校の先生をやっていて、そういう環境に育ったということも影響していると思っています。父は田舎の平教員で反骨精神の強い人だったので、官僚的な校長と意見が合わずに喧嘩したりして、出世とか全く興味なく、子供と一緒に色々と教えるという教員の本分のようなものを持っていました。そう言うものが私の中にもあって、一時は高校の先生になることも考えていました。今は大学院に進む人は教職を取らなくなっていますけど、僕らの頃はもちろん、今の40代半ばくらいまでの大学院生は教職の資格を大抵とっていたと思います。これは滑り止めという意識もあったと思いますが、私は結構本気で考えていました。

自然と共生する社会を築くことが社会の目標に

当時一般企業には生態学のニーズは殆ど無かったです。なので企業への就職は考えていませんでした。そういう状況もあり大学院に進学しました。この世界は実力だけでなく、やっぱりタイミングとか運とかが結構関係していて、私も運よく大学に採用されて今ここにいる、と言う感じですね。

生き物好きが高じて研究者になったわけですが、今は立場上、フィールドで色々科学するだけでなくて、生物多様性条約を始めとして、国内外の流れが自然と共生する社会を築くことが社会の目標にもなっているので、環境省、農水省、国交省等を含めた行政の政策にも役立つ研究にも関わっています。教育者としては、基礎科学がしっかり出来て、なおかつ社会のニーズに答えられる広い視野を持った人材を育てたいと考えています。研究者はもちろん、行政や企業、NGOなどでもいい活動やっているところはいっぱいあります。海外だとNGOは学位がないとなかなか信用されないという話も聞きます。どのような組織であっても、しっかり自分の頭で考えて、戦略的にものを進められる人材をしっかり育てて行いきたいと考えています。

先生は、日本蜘蛛学会の会長でもあり、著書の中でもクモについて多く取り上げていらっしゃいますが、昔からクモが好きだったりご専門でいらしたのでしょうか?

ほかの生き物にはない(網を張るという)ユニークな性質もあるので研究のキャリアとしてクモを始めた

昔から好きだったのはチョウです。だけど、当時はそういう趣味的なものは研究として認められない、クモもある意味趣味的ですけど、全部が他の虫を食べる捕食者、つまり肉食者です。だから害虫の天敵として、農地や林地でその役割についての研究が重要視されていました。

今は農薬の使いすぎなどの問題からさらに注目されています。生態系にはクモだけじゃなくて寄生バチなどいろんな天敵がいて、健全な食物連鎖の中に組み込まれている。それが農薬を使いすぎたりすると、害虫は一時的に減るかもしれないけど、天敵も減るので、その副作用で害虫がかえって増えたりすることもある。その反省で天敵の力を利用した経営や管理が、その頃から徐々に言われていたんですね。それに加えて、クモ自身の面白さ、つまり他の生き物にはない、網を張るというユニークな性質もあるので、研究のキャリアとしてクモを始めたわけです。

基礎と実学は決して乖離したものではない裏と表

その後、別の専攻に移ったり、あるいは時代の流れもあったりで、色々な研究をやってきました。例えばため池の生態系の研究や、シカ、イノシシの研究も続けています。

ため池はブラックバスやブルーギルという外来魚をいかに減らすかということで、20年くらい前までは、それらの駆除だけが叫ばれていたのですが、僕らが研究を進めていくうちに、どうもブラックバスを駆除すると水草が一気に無くなるという変なことが起きて、何だろう?と調べてみると、今までブラックバスに抑えられていた別の外来種のアメリカザリガニが大発生して、新たなマイナス面が出てくることがわかった。つまり、外来種同士が食う食われるの関係にあると、一種だけ取り除いても別の種がはびこる、いわばモグラ叩きのような状況が起きることがわかったのです。こうした事例は日本では僕らが初めて実証し、海外でも当時は目新しい問題として取り上げられ始めたばかりでした。やはり自然の仕組みは複雑で、外来生物問題と言っても、それにどう対処したら良いかというのは意外と単純じゃない、といったことを社会に提示できたと思います。

その他に、千葉県のシカの研究にも取り組んできたのですが、途中からイノシシが出てきまして、まず数をどう推定したらいいか、その上でどう管理したら効率的か、という研究も行ってきました。うちの研究室では、2005年頃から生物の分布や個体数を予測するという研究を始めています。日本の流れもそうなりつつある、つまり仕組みを明らかにするだけでは問題解決にならない、将来どうなるか、あるいはどうしたら将来がどう変わるか、というシミュレーションを空間明示型でやるようになりました。野生動物の管理も希少生物の保全も、今はそうしたことが求められています。

最初は特定の幾つかの生き物についての研究から始まるのでが、研究して行くうちに色々な面白いこと、つまり裏を返せば役に立つということに気づいていく。今まであまり評価されていなかった部分に実は本当のブレークスルーがある。そして基礎と実学は決して乖離したものではなく、本当に裏と表じゃないかなって、僕は思っています。最近のノーベル賞の例もそうですね。

現在は1つの生き物だけではなく、仕組みや大きなシステムを明らかにする、予測をするとかそういうことに学問分野として流れがあるということでしょうか。

もっと根っこの部分からいろいろ考えていけば問題解決の糸口に 要するに材料は違うだけで、仕組みの根本はそんなに変わらないんです。でも、実際の研究者を見るとそうではない。外来生物の問題と増えすぎた野生動物の問題は、取り組んでいる研究者は全然違います。でも、将来を予測するとか仕組みを解き明かすという意味では違うはずないんですね。その辺はまだまだ日本は研究分野が細分化されすぎていると思います。僕なんか結構いろんなことをやっているので見えるのですが、違いより共通性の方がはるかに多いと思いますね。違うのは、人間の考えが固まっているだけ。もっと根っこの部分からいろいろ考えていけば問題解決の糸口になると思うのですが。でも、この10年で日本の生態学もそんな風になってきたなと感じています。

生態学と一般に聞くと、何か特定の生物に関して絞って研究されているように思うんですが、実はもう少し広い、仕組みやシステムを解き明かすというような学問なんですね。 先生は日本生態学会の会員でもいらっしゃるということですが、どのような組織なのでしょうか。

取り組みは非常に先駆的で高く評価されている

今1953年に設立された学会です。生物系の学会の中では中程度の歴史を持っています。会員は約3700人で、ここ20年くらいで急増しました。東京で大会をやれば2500人くらい来るかな、地方でも2000人弱が集まる学会です。大会は、年1回3月に全国大会をやっていまして、東京だけでなく、それぞれの地方で満遍なく開催しています。

個人が申し込んで発表するポスター発表や一般講演とシンポジウムなど、一年間の研究成果を発表する場ですが、他にフォーラムというのが別にあって、そこにはキャリア支援フォーラムというものもあります。これは純粋な研究を議論する場ではなく、周辺部分で我々生態学者とか学会が関わるべきことをやっています。今、私は若手のキャリアパスを広げることを目的にしたキャリア支援専門委員会に関わっています。ここでの取り組みは非常に先駆的で、30近くある生物科学系の学会の中でも、高く評価されています。

こうした取り組みの背景はどのようものでしょうか。

予測を含めた解析に取り組む若手が増えています

分子生物学や生化学の学会から比べると、生態学という分野は就職先が不透明であるということが一番大きかったと思います。この分野は、20~30年前は大学院の修士クラスで専門的なことをやっていても全然関係のない企業や行政の事務職などに就職することが普通でした。今でもその傾向はありますが、最近は我々が身に着けたノウハウ、つまりGIS解析や統計解析などですが、それを評価してくれる企業もあります。

マクロな生物学の解析では、予測を含めた解析をしないと始まらないことが多いので、そうしたことに取り組む若手が生態学会の中でだいぶ増えています。もちろん全部がそうなっているわけではなく、昔ながらの観察も大事ですし、残念ながらそれで終わっている研究も少なくありませんが。また予測にも色々ありまして、ある時点で面的に集めた情報を使って予測するものもありますし、時系列データを使って将来を予測するものもあります。ただ予測には不確実性が当然あるので、不確実性をどうやって評価するかや、不確実性が評価しようがない場合はシナリオ分析でシナリオ立てて、こうすればこうなりますよ、といった予測もあります。有名な温暖化シナリオは世界的にIPCCでやっている「経済を今のままやっていくと2050年や2100年にどうなる」というものですね。シナリオを独自に作ることはなかなか難しいんですけど、そこから導き出された気温や降水量などのデータを使って、自分たちが作った統計モデルで予測していくことは結構やり始めていますね。

一般にも統計解析の重要性は認知されてきていますよね。会員には学生も多いのでしょうか。

正確には分かりませんが、だいたい学生は1000人くらいだと思います。全国で国公立、私立あらゆるところから集まっています。ただ学生の場合は入れ替わりが激しいので、動的平衡でそのくらいの数だと思います。

学会に加盟している学生は、先生から見るとどういう特徴、能力を備えていると思われますか?

生き物や自然が好きという気持ちは当然強い

まず役に立つかどうかは別として、生き物や自然が好きという思いは当然強いですね。それは昔も今も変わらない共通の部分ですが、さっきお話しした通り、それだけでは趣味でやっていくのと変わらない。社会の役に立つ研究が生態学の場合では、非常に重要になっています。

生態学の特徴を分子生物学と比較すると、一番の違いは、確実性の高い実験は生態学ではあまりできないことです。ある遺伝子を潰したら何が起きるか?ネズミとかを使ってやるとその遺伝子がどういう機能を持っていたかが逆にわかるわけですね。その場合、統計は一応使うとは思いますが、統計を使わないと差がわからないくらいだとあまり意味がない。標準偏差とか標準誤差を出せば十分という世界で、ある意味で生態学とは対極にあります。要は実験することがなかなか難しいわけですね。そうなると、自然界でみられるパターンからメカニズム、因果関係を類推する作業がすごく大事になってくる。もちろん野外実験、つまり野外で何かを取り除いてその影響を見る手法も使うのですが、スケールがどうしても限られます。だから、いろんなパターンから因果を抽出する、推定するという作業が多くなりますね。

そうなる統計を使うしかありません。統計学はもともと社会学や経済学で発展してきたんです。僕らが駒場の教養学部時代は、統計学は社会系の先生が講義をしていました。もちろん社会系の人は統計のできる人とできない人の差が大きいんですけど、できる人は凄くできる。人間社会では実験はなかなか出来ない、今は一部で社会実験とかやっていますが、限定的です。経済とかで実験やったら大変なことになる。ですから、因果を解くために統計的なツールが発展してきたんです。今は、統計手法だけで見れば生態学が追い抜いて高度化が進んでいます。もちろん大学とか研究室とか指導者によってバラツキはありますが、大なり小なり訓練されているのは間違いないです。

生態学と統計、データ解析というのは非常に密接なんですね。

現場感覚を持ちながら尚且つ解析もできるという点が長所

ほぼ一体化している感じですね。なかにはビッグデータを扱うことに慣れている人もいる。まだそんなに多くはないですけど。今巷に「最強の統計学」といった本がありますね、あの人たちが言っている事を私たちはよくわかるんです。ビッグデータは宝の山だと。本当の統計のスペシャリストに比べれば未熟ですが、逆に野外を見ていたりするんで、現場感覚を持ちながら尚且つ解析もできるという点が長所と思います。そうした学生はまだ多数ではありませんが、他の学問分野に比べると断然多いと思います。

それ以外にも、フィールドワークはみんな好きで、忍耐力があって、泥臭いフィールドワークに慣れています。普通の実験系の人とは違うでしょうね。海外の途上国とかに行って仕事をすることが好きな人は結構いると思います。

統計やデータ解析だけでなく、行動力やバイタリティがあるような学生も多いということですね。宮下先生、貴重なお話をいただきありがとうございました。

【左】修士課程 中島さん【中】宮下教授【右】博士課程 筒井さん
【左】修士課程 中島さん【中】宮下教授【右】博士課程 筒井さん

博士課程 筒井優さん

どんな情報を提供すれば農家さんにプラスになるか、コメの生産量を下げずに済むか

なぜ僕がこの研究室に入ったかというと、もともと僕は生態学に興味があって、なぜ生物が多様になったのか、どうやって集団を維持しているのかということに興味がありました。特に僕はクモという生き物が好きで、その関係で宮下先生のところに来て研究を始めました。

研究の内容としては、農地を対象としていて、農薬を使用しない田んぼと慣行通り農薬を使用している田んぼでどういう違いがあるかというのがテーマの一つで、特にクモの個体数がどう変化していくのか、周りの環境の違い、例えば森林が多いとか水田だけが広がっているとか、もっと細かいところでは、畦がどう管理されているかによって、クモの数がどう変わってくるかを調べることが最初のテーマでした。それにどんな意義があるかというと、環境保全型農業は、農薬の使用量を減らす分、害虫や雑草が増えやすいんですね。効率的に環境保全農業に取り組むためには、害虫を食べてくれるクモという天敵の役割に注目したわけです。最初はクモがどう個体群を維持しているのかというとこだけに興味があったんですけど、徐々に変わってきて、どんな情報を提供すれば農家さんにプラスになるか、コメの生産量を下げずに済むかということに興味が移ってきて、今はそうした研究をしています。 農家さんは農薬を使わないで自然に優しい農法をしたいとかいろいろ考えていろんな方法を試しているんですが、自分はその方法に対して科学的な視点から貢献できるようにしたいと考えています。

修士課程 中島一豪さん

人の行動の変化が草地を通してわかるんじゃないか、ということを感じています

僕はもともとここにくる前は二次的な里山で、水田で調査をやっていました。そこでは耕起しているものと不耕起のもの、あとは冬季に水を張るものとそうでないもので、出てくる昆虫の種類に違いが出るものかとすごい単純な比較ですけど、そういうものをやっていたんですね。
二次的な自然に前から興味があって、ここの卒業生の方に、ここに決めて勉強したらどうかとアドバイスをいただいて東大に進学しました。

現在は千葉県の北総の白井や印西の草地でバッタの調査をしています。この地域は昔から、馬の餌とか肥料のために草を育てる「牧」が広く存在していて、人間の手による火入れや刈り取りなどで草地がずっと維持されてきました。日本各地にこういう草地は結構あったんですが、戦後の高度成長期とでどんどん宅地化されていきました。そういうところにしか生息できないような昆虫などの生き物もどんどん減ってきてしまっている。草地が潰されて、断片化して残ってしまった状況で、草地の生き物の個体数や種数が周りの環境や管理の頻度(草刈り)によってどんな影響を受けているかを知る目的で、バッタを材料に研究しています。調査シーズンには週に何度も通って、草地を延々と歩いて、太陽に焼かれながら草丈を測ったりしています。 最初はバッタや草丈がどう変わるとかということしか見ていなかったのですが、人の行動の変化が草地を通してわかるんじゃないか、ということを感じています。将来的にはどのような立地で土地改変を受けやすいのか、ある草地を潰すと地域全体の種数や個体数にどんな影響が出るのか、ということを見ていきたいと思います。ここは潰してはいけない、あるいは新しくここに草地を作ったら効果が上がる、という提言にも繋がるようになれば良いと考えています。

貴重なお話をいただきありがとうございました。

プロフィール

宮下 直(みやした ただし)

宮下 直(みやした ただし)

東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻教授(農学博士)。

1961年、長野県飯田市に生まれ、伊那谷の豊かな自然の中で育つ。生き物好きの父や飯田高校時代の生物教師の影響で、トンボやチョウなどの昆虫の生態に詳しくなった。
1983年に東京大学大学院農学系研究科修士課程林学専攻を修了。92年「ジョロウグモの生活史における生態的制約と適応」により、博士(農学)を取得。以来、クモ研究者たちとの交流も深まり、2012年から日本蜘蛛学会を率いる。

となりの生物多様性 ―医・食・住からベンチャーまで 工作舎(2014年)

群集生態学 東京大学出版会(2003年)

生物多様性と生態学:遺伝子・種・生態系 朝倉書店(2012年)

クモの生物学 東京大学出版会(2000年)

外来生物:生物多様性と人間社会への影響 裳華房(2011年)

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