エコリクコラム
2017.4.20
インタビュー
堂本 泰章 氏 | 日本の持続可能性を支えていくために
今回は日本生態系協会で理事をされている堂本泰章様にお話を伺いました。
堂本様のご経歴についてお聞かせください。
大学を卒業後、関西の林業会社に3年近く勤めていました。当時から埼玉に縁があったのですが、開発によって自然が失われていく中、本格的に埼玉県で自然を守る組織を立ち上げると聞き、会社を退職し、こうした活動を始めることになりました。
埼玉で保護活動をしていく中で、県内外のさまざまな問題が見えてきます。立ち上げ後約10年が経ち、軌道に乗りつつある手法で日本の自然を守っていかなくてはと、新たに日本生態系協会が立ち上がりました。また、土地を買い取ることで自然を守る手法の公益社団法人日本ナショナル・トラスト協会へも社団法人化の前後からその活動に関わっています。現在は埼玉県生態系保護協会の事務局長のほかに、日本生態系協会の理事との日本ナショナル・トラスト協会の常務理事を勤めています。
日本生態系協会の事業内容についてお聞かせください。
基本的には、持続可能な国づくり・地域づくりを目指しています。各地の環境はさまざまであり、また開発の仕方、自然保護の仕方もさまざまです。その中で共通しているのは、土台となる自然生態系を法律や制度できちんと担保してこそ、持続可能なまちづくり・国づくりが確実に進んでいくということです。当面としては日本の法律の中で生態系保全や自然再生、持続可能な国づくり・地域づくりに向けた制度設計ができるよう、国や地方自治体などに働きかけています。
私自身、日本生態系協会の理事として、国会の場へ出向いて政策要望を行っています。それを下支えしてくれているのが、調査研究や普及啓発、資格認証などあらゆる分野で仕事を担う協会のスタッフです。例えば調査研究に関わるスタッフは、野生動植物の現地調査だけでなく、そこで得た結果からその自然環境をどう担保していくかを考えるわけです。その際、制度や法律を専門とするスタッフの存在も欠かせません。また、地域の住民の中に入ってどのようにまちづくりができるかを提案するスタッフがいれば、それを広報するスタッフもいます。そして最終的に議員、あるいは行政にどのようにアプローチするかを考える政策部門のスタッフもいて、皆がそれぞれの専門分野で知恵を出し合い、協会としての提案をまとめていくわけです。
協会が現在、力を入れて取り組んでいるのが「大型水鳥を指標にしたエコロジカル ・ ネットワーク構想」です。これは河川を環境の軸にした持続可能な土地利用あるいは地域づくりの考え方です。いくら良好な自然でも、ある一つの地域に存在しているだけでは、利用できる生物も限られてしまいます。生態系ピラミッドの頂点に位置する大型水鳥の存在は、「良好な自然が川を軸として広範囲でつながっている(ネットワークしている)こと」の指標になるのです。ですからトキやコウノトリといったような大型水鳥がきちんと共存できる地域を目指すことが、持続可能なまちづくりをすることにつながると思い、あらゆる分野のスタッフが知恵を出し合いながら活動しています。
堂本様が実際に働きかけた、 関わってきた事例についてお聞かせください。
最近の取り組みとしては、千葉県で協会がスタートさせた森の墓苑事業です。千葉県の砂利採掘跡地を自然再生しようという取り組みです。ただし、その土地の購入や整備などでお金がかかります。そこでその資金づくりとして新たなしくみ「自然再生墓地」を協会として考えました。世間的には樹木葬という言葉がありますが、単なる樹木葬とは違い、地域在来種を植えて森を再生するのです。森の再生のお手伝いを「森になる墓地を購入する」という形で協力していただこうとスタートしたアイデアです。
立ち上げ前までは私はずっと環境保全の現場をやることが多かったのですが、自然再生墓地とはいえ、土地利用としては開発事業と位置付けられます。私は開発事業者の担当役員として、地元住民の方々への説明会や役所の協議会への説明、認可する県の方へ説明に行くなど、今までと違った角度からの仕事をして、さまざまな手続きがどのように進んでいくのかがわかり、とても新鮮であると同時に勉強になりました。
あとは「ビオトープ」や「エコロジカル・ネットワーク」という言葉ですが、日本では80年代はみな聞いたことがなく、理解もされていませんでした。「ビオトープ」は「生きものの生息空間」という意味で、ドイツで作られた言葉です。またヨーロッパ、EUでは、90年代からエコロジカル・ネットワークという考え方がとても進んでいました。協会も80年代後半から90年代にかけて大学教授にご指導いただいたり、協会からドイツを始めヨーロッパの政府や自治体、大学教授、NGOの方々に連絡して現場視察を重ねたりしました。時にほかのコンサルタントの方々や行政職員、大学教授の方々と一緒に行き、日本でどのように導入できるか検討しています。こういうかたちで勉強させていただきながら、ビオトープやエコロジカル・ネットワークという言葉の意味を学び、広めることに力を注ぎました。少しずつですが日本にも言葉の意味や取り組みが浸透していると思います。初期の動き出した時に関わらせていただいたことは、私にとってうれしいことです。
また現在、一般的にもビオトープという言葉はだいぶ定着してきたと感じますが、逆にとても本来の意味の「野生生物の生息空間」を生み出しているとは言えないような事業も散見しています。そこでビオトープ事業を正しく埋解して広める「ビオトープ管理士資格制度」を立ち上げたのですが、その際の制度設計や運営などにも携わりました。そういった意味ではやってきたことが形になってきているので良かったと思います。まだまだこれからですけどね。
現在、 ビオトープ管理士は学生もしっかりと履歴書に書いてくる資格ですね。
そうですね。協会では今お話した「ビオトープ管理士制度」のほかに、「こども環境管理士制度」の実施・認証も行っていて、これは幼稚園の保育士さんや経営者の方を対象にしています。最初の頃に受験された方と話す機会があったのですが、定年間近の60代の女性の園長さんで 「何としても受かって帰りたい!」と言っておられました。理由を聞くと、「子供にとって直接的な自然体験が必要で、そこに介在する保育士の存在は大変重要だと思う。園の若い保育士に資格をとってもらうためにも、率先して自ら勉強を始めて受験した」と言われ、大変素晴らしいことだと思いました。
また生き物が大好きな女性の保育士の方のお話ですが、園児にも生き物を触らせていたところ、保護者からは変わった先生だと言われてしまったそうです。若いお母さんだと生き物が嫌い、恐いという人も結構いますよね。その先生が「こういう資格制度ができてありがたい。保護者の方々も『資格制度ができるくらい大事なことなんだ』と理解してくれるようになりました」と言ってくれて、改めてこの資格の意義を感じました。
先日、弊社の勉強会やイベントに参加した学生の中でも「ビオトープ管理士」を持っている方が何名かおりました。堂本様は採用の面接にも立ち会うとのことですが、新卒や中途採用ではどういった学生、求職者を求めているのでしょうか。また、どういった方だと働きやすいかお聞かせいただけますでしょうか。
協会としてというより私個人の考えになるかもしれませんが、私はもともと福井県の生まれで、小学校、中学校くらいから山登りや釣りばかりをしている少年でした。開発により、いつも登っていた山の木々がなくなるとか、河川改修で魚が獲れなくなったとか、そういう事を目の当たりにしています。小学生の時は小学生なりに、中学生の時は中学生なりに慣れ親しんでいた自分の好きな場所がなくなることに対していろいろと考えるわけです。協会で働くことを希望される方は、基本的には動植物が好きだということが根底にあると思います。ただ、単に「開発がダメだ」と言うだけじゃなく、それに対してなんとかできないか考えること、そしてまず「なんとかしたい」という想いをきちんと持った人に来て貰いたいです。
なぜなら、個々の現場での想いだけで、がむしゃらに頑張ってもうまくいかないことが多いのです。やはり、制度的なことや法律まで持っていかないとダメなんです。そういった足元のことや自分の目の前のことにも関心があり、一方で制度的なことや法律にも関心があって動ける人というのが私は協会に必要な存在だと思っています。ですから、逆を言えば生き物が大好きで四六時中生き物と自然の中で関わっていたいという人は厳しいですね。実際は交渉ごとやさまざまな機関へ出向くこともありますし、場合によってはフィールドにいるよりも圧倒的にそうではない場所にいることの方が多かったりします。自然を扱う職場=自然に十分に触れ合える職場じゃないかもしれません。我々にはまだ力が足りませんが「大好きな自然を一緒になんとかしていこう」という気持ちを持てる人と一緒に仕事をしたいですね。
最後に新卒や転職者に向けてアドバイスをいただけますでしょうか。
「自然が好き」ということがモチベーションになっていると思いますが、こういう世界に入るのであれば、学生時代や求職中に自分の身の回りにある地域の自然保護活動をしているNPOや市民団体での活動経験がとても大事だと思います。その中で熱い想いを持ったボランティアの方や地元でいろいろなことに対峙している方の想い、考えに肌で触れれば、こういった世界に入った時の一番のモチベーションになると思います。どういう人がどういう所でどんな風に頑張っているのか、ということを実感できれば、自分が環境関連の仕事に就いた時に、自分自身が何をすべきか、何を求められているかが見えてくるのではないでしょうか。
貴重なお話をいただきありがとうございました。