エコリクコラム

2025.7.7
トピック
見える化する環境負荷:持続可能な製品開発と資源循環の未来〜気候変動から資源枯渇まで、多角的な評価が企業の脱炭素・循環経済を加速〜
現代社会では、企業が提供する製品やサービスが、そのライフサイクル全体を通じて環境に与える影響を把握し、削減することが強く求められています。この重要な役割を担う手法が、LCA(ライフサイクルアセスメント:Life Cycle Assessment)です。このLCAは、ISO(国際標準化機構)の規格で定められた枠組みに基づき、「目的と調査範囲の設定」、「インベントリ分析」、「影響評価」、「解釈」といった4つのプロセスで構成されています。その中で、環境にどのような影響を及ぼすのかを定量的に評価するステップが「影響評価」です。その評価対象は、気候変動だけでなく、水資源の消費、資源の枯渇、大気汚染や富栄養化など、多岐にわたります。
LCAは、単なる環境報告のツールを超え、企業の製品開発、サプライチェーン管理、そして資源循環戦略の意思決定において不可欠な役割を果たしつつあります。本稿では、LCAの基本概念から、資源循環における評価方法、現状と課題、そして国内外でのアプローチの違いまでを深掘りします。
LCAとは
LCAは、製品やサービスが「ゆりかごから墓場まで」の全ライフサイクル(原材料の採取、製造、輸送、使用、廃棄・リサイクル)を通じて、環境に与える影響を定量的に評価する手法です。
- ■ 目的:
- 製品・サービスの環境負荷を「見える化」し、環境配慮設計や改善点の特定に役立てる。
- 代替製品やプロセスの環境性能を比較し、より環境負荷の低い選択肢を導き出す。
- 企業が環境情報を開示する際の客観的な根拠を提供する。
- 政策立案や認証制度の基礎データとして活用される。
- ■ ISO規格による4つのプロセス:
- 目的と調査範囲の設定(Goal and Scope Definition): 評価の目的(例:製品間の環境性能比較、製品設計改善)と、どのプロセス(例:原材料調達から廃棄まで)を評価対象とするかを明確にする。機能単位(例:1kgの製品、1回分のサービス)を設定し、比較の基準を定める。
- インベントリ分析(Life Cycle Inventory Analysis: LCI): 設定した調査範囲内で、ライフサイクルを通じて投入される資源(エネルギー、原材料など)と、排出される物質(CO2、廃棄物、排水など)をすべて洗い出し、定量的にデータとして収集する。
- 影響評価(Life Cycle Impact Assessment: LCIA): インベントリ分析で得られた投入・排出データが、具体的にどのような環境影響を引き起こすかを評価する。このステップで、様々な環境影響カテゴリー(後述)に分類し、影響の大きさを数値化する。
- 解釈(Life Cycle Interpretation): 影響評価の結果を基に、当初設定した目的に照らして結果を分析・評価し、改善策や結論を導き出す。不確実性や限界も考慮し、透明性高く報告する。
- ■ 評価される環境影響カテゴリーの例: LCAで評価される環境影響は多岐にわたり、ISO 14040/14044で例示されています。主なものは以下の通りです。
- 気候変動(Climate Change): 温室効果ガス(CO2、メタンなど)の排出による地球温暖化への影響。
- オゾン層破壊(Ozone Depletion): 特定の化学物質(フロンなど)による成層圏オゾン層の破壊。
- 酸性化(Acidification): 硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)などの排出による酸性雨の影響。
- 富栄養化(Eutrophication): 窒素、リンなどの排出による水域・土壌の富栄養化。
- 光化学オキシダント生成(Photochemical Ozone Creation): VOC(揮発性有機化合物)などの排出による光化学スモッグの原因物質生成。
- 資源枯渇(Resource Depletion): 化石燃料、金属鉱物などの資源消費による枯渇。
- 水資源消費(Water Depletion): 製品の生産や使用における水の使用量。
- 生態系毒性(Ecotoxicity): 有害物質の排出が生態系に与える影響。
- 人間健康影響(Human Health Impacts): 有害物質の排出が人間に与える影響。
LCAによる資源循環の評価方法とは
LCAは、資源循環(サーキュラーエコノミー)の取り組みを評価するための強力なツールです。製品設計段階でのリサイクル性向上や、再生材利用の促進といった施策が、実際にどの程度環境負荷低減に貢献するかを定量的に評価できます。
- ■ 循環型経済への貢献評価:
- リサイクル率の評価: 製品がどれだけリサイクルされているか、またリサイクルされた材料がどれだけ新規製品に投入されているかを評価し、資源の循環度合いを測ります。
- 再生材利用の効果: 新規原材料を使用する代わりに再生材を利用した場合の、エネルギー消費量、CO2排出量、資源枯渇への影響などをLCAで比較評価することで、再生材利用の環境メリットを明らかにします。
- 製品寿命の延長: 耐久性向上や修理可能性の確保によって製品寿命が延びた場合、新規製品製造に伴う環境負荷を削減できる効果を評価します。
- 再利用・再製造(リマニュファクチャリング): 製品をそのまま、あるいは一部部品を交換して再利用・再製造する際に、新規製造と比較してどの程度の環境負荷削減効果があるかを定量的に示すことができます。
- ■ システム思考の促進:
- LCAは、部分最適ではなく、製品のライフサイクル全体という「システム」で環境影響を捉えるため、資源循環型社会への移行において、どの段階で、どのようなアプローチが最も効果的かを見極めるのに役立ちます。例えば、リサイクルを促進しても、そのプロセスで大量のエネルギーを消費するなら、必ずしも環境負荷低減に繋がらない可能性をLCAは示唆します。
- ■ ホットスポット特定と優先順位付け:
- 資源循環における環境負荷の「ホットスポット」(最も環境影響が大きい段階や要素)をLCAで特定し、その改善に優先的に取り組むことで、効果的な資源循環戦略を構築できます。
現状と課題について
LCAの重要性は高まっているものの、その普及と活用にはいくつかの課題が存在します。
【現状】
- 企業での導入増加: サステナビリティ経営やESG投資の高まりを背景に、多くの企業がLCAを導入し、製品開発や環境報告に活用しています。特に欧州では、製品の環境表示やエコラベルの取得にLCAデータが求められるケースが増えています。
- データ基盤の整備: 環境省が「LCAデータベース」を整備するなど、日本でもLCA実施に必要なインベントリデータの拡充が進んでいます。
- GHG排出量算定への活用: カーボンニュートラル実現に向け、サプライチェーン全体での温室効果ガス(GHG)排出量(スコープ3)の算定にLCAの考え方やデータが広く活用されています。
【課題】
- データの取得と精度: ライフサイクル全体にわたる詳細なデータ(原材料の生産、各工程でのエネルギー消費、廃棄物排出量など)を正確に収集することは非常に困難であり、時間とコストがかかります。特にサプライチェーンの川上・川下のデータは入手が難しい場合が多いです。
- 複雑性と専門性: LCAは専門的な知識と経験を要する分析手法であり、適切な評価を行うには専門家によるサポートが必要となることがあります。
- 結果の解釈と活用: LCAの結果は多岐にわたる環境影響カテゴリーで示されるため、その解釈や、具体的な製品改善策への落とし込みが難しい場合があります。また、評価結果の比較可能性や透明性の確保も重要です。
- コスト: 適切なLCA実施には、データ収集、ソフトウェア、人件費など、相応のコストがかかることが企業にとっての障壁となることがあります。
- 限界: 特定の環境影響(例:生物多様性への影響、社会的な影響)については、まだLCAで定量的に評価することが難しい側面もあります。
国内と海外との違い
LCAの活用や普及においては、日本と海外(特に欧州)で異なるアプローチや進捗が見られます。
- ■ 欧州(EU):
- 規制による牽引: EUは、エコデザイン規則(ESPR)やバッテリー規則など、製品の環境性能に関するLCAに基づいた規制導入を積極的に進めています。特に「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入は、製品の環境情報をサプライチェーン全体で可視化し、LCAデータの活用を強く促すものです。
- 環境表示・エコラベルの普及: LCAの結果に基づいた環境表示(例:製品のCO2排出量表示)や、エコラベル制度が広く普及しており、消費者の環境配慮型購買を促しています。
- 企業への要請: 欧州の企業は、LCAの実施と情報開示がビジネス上の競争力に直結するという認識が強く、サプライヤーに対してもLCAデータ提供を求めるケースが多いです。
- ■ 日本:
- voluntaryな取り組みが中心: これまで日本では、LCAの活用は企業の自主的な環境配慮設計や環境報告が中心でした。政府や業界団体によるガイドラインやデータベース整備は進められていますが、欧州のような広範な規制による義務化は限定的でした。
- スコープ3算定での活用: 特に、企業の温室効果ガス排出量算定において、サプライチェーン排出量(スコープ3)の算定ツールとしてLCAのデータベースや手法が活用されることが多くなっています。
- 今後の変化: 日本も循環型経済への移行を加速させるため、資源有効利用促進法の改正(前述)など、製品設計やリサイクルに関する法規制が強化される動きがあります。これにより、LCAの重要性はさらに高まり、欧州のような制度との整合性も今後の課題となるでしょう。
LCAは、製品やサービスのライフサイクル全体にわたる環境影響を客観的・定量的に評価するための不可欠なツールです。気候変動から資源枯渇まで、多岐にわたる環境影響を見える化することで、企業はより効果的な環境配慮設計や資源循環戦略を立案・実行することができます。
データの取得や分析の複雑性といった課題は残るものの、LCAの導入は、企業の環境負荷低減へのコミットメントを示すだけでなく、製品の差別化、サプライチェーンの最適化、そして持続可能な企業価値創造に貢献します。
特に、欧州のエコデザイン規則(ESPR)のような規制強化やデジタル製品パスポートの導入は、LCAデータの活用を企業に強く求める動きであり、日本企業もグローバルな競争力を維持するためには、LCAを戦略的に活用し、その透明性と信頼性を高めていくことが求められます。LCAは、未来の製品と社会をデザインするための羅針盤となるでしょう。