エコリクコラム

2025.7.2
トピック
「上場廃止」の流れが加速。その背景、非公開化のメリットとサステナビリティ経営の行方について
東京証券取引所への株式上場を廃止する企業が増加の一途を辿っています。東証や投資家から資本コストや経営の効率化を求める圧力が強まり、グループや事業の再編を進める合併・買収(M&A)や、親子上場の解消などが活発化しているためです。
東証が公表したデータによると、2025年上期(1-6月)の上場廃止企業数(予定含む)は6月18日時点で59社に達し、前年同期から8社増加しています。これは上期としては、データで遡ることが可能な2014年以降で最多となる見通しです。このペースが続けば、年間で最多だった2024年の94社を上回る可能性も指摘されています。
上場廃止企業の増加は、日本企業の新陳代謝が加速していると捉えられます。東証は2022年のプライム、スタンダード、グロースへの市場再編以降、上場企業に対しコーポレートガバナンス(企業統治)や企業価値の向上を求める姿勢を強めてきました。こうした動きは、経営の非効率を是正し、時価総額や平均売買代金など上場維持基準に満たない企業への是正圧力にもなっています。
さらに、2023年には東証が資本コストや株価を意識した経営の実現を要請。同時に日本株市場では「物言う株主(アクティビスト)」の存在感が高まり、自社株買いなど株主還元の拡大やM&Aなど企業再編の動きに拍車がかかりました。ピクテ・ジャパンの松元浩シニア・フェローが「資本市場が活性化した結果としての上場社数の減少は歓迎すべきだ」と述べるように、市場原理が働くことで、より強固な企業体質への転換が促されていると見ることができます。
上場廃止が相次ぐ背景
上場廃止が加速する背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
- 東証の市場改革と上場維持基準の厳格化: 東証は市場区分再編(プライム、スタンダード、グロース)を通じて、各市場に求められる上場維持基準を明確化し、企業のガバナンス強化と企業価値向上を強く促しています。特にプライム市場では、国際的な投資家にとっての魅力を高めるため、より高い水準の企業統治や開示が求められています。これにより、基準を満たせない、あるいは満たすためのコストに見合わないと判断する企業が、上場廃止の選択肢を検討するようになりました。
- 「資本コストや株価を意識した経営」の要請: 東証は2023年3月、全上場企業に対し、PBR(株価純資産倍率)が1倍を割れる企業が多い現状を問題視し、資本コストや株価を意識した経営改善策の開示を求めました。これは、ROE(自己資本利益率)の改善や、非効率な資産の圧縮、株主還元策の強化などを促すものです。この要請に応えられない企業や、非公開化によって抜本的な経営改革を推し進めたい企業が、上場廃止を選択するケースが増えています。
- M&Aの活発化と事業再編: 企業が成長戦略の一環として、競争力強化や新規事業への参入、不採算部門の切り離しなどを目的としたM&Aが活発化しています。特に、親会社が子会社を完全に子会社化する目的や、投資ファンドによる買収によって非公開化が進むケースが目立ちます。非公開化することで、株主の意向に左右されず、中長期的な視点で大胆な事業再編や投資を行うことが可能になります。
- アクティビストの台頭: 企業価値の向上を求めるアクティビスト(物言う株主)の活動が活発化しており、企業は株主還元や経営効率化に対する圧力を強く感じています。これに応える形で、自社株買いやM&Aなど、上場を維持しながらでは難しい抜本的な改革を非公開化によって進めようとする動きが見られます。
非公開化のメリット・デメリットについて
上場廃止による非公開化は、企業にメリットとデメリットの両方をもたらします。
【メリット】
- 短期的な業績プレッシャーからの解放: 上場企業は四半期ごとの業績発表や株主からの短期的な利益追求の圧力に晒されますが、非公開化により、これらのプレッシャーから解放され、中長期的な視点での経営判断や戦略的な投資が可能になります。
- 経営の自由度向上: 株主総会での承認プロセスや、多数の株主への説明責任が軽減され、M&Aや事業売却、大胆なリストラなど、迅速かつ機動的な経営判断が可能になります。
- 情報開示コストの削減: 上場企業に義務付けられる厳格な情報開示(有価証券報告書、決算短信など)にかかる費用や手間を削減できます。
- 敵対的買収リスクの低減: 非公開化により、敵対的買収のリスクを大幅に減らすことができます。
【デメリット】
- 資金調達手段の限定: 株式市場からの直接的な資金調達ができなくなり、金融機関からの融資や私募債発行、自己資金などに限定されます。大規模な設備投資やM&Aに必要な資金を調達しにくくなる可能性があります。
- 知名度・信用力の低下: 上場企業であることによる社会的な知名度や信用力が低下する可能性があります。これは、取引先との関係や優秀な人材の採用に影響を及ぼすことも考えられます。
- ガバナンスの後退リスク: 株主によるチェックがなくなることで、経営の透明性が損なわれたり、適切なガバナンスが機能しなくなったりするリスクがあります。
- 従業員のモチベーション低下: ストックオプションなど、株式を活用したインセンティブ制度が導入しにくくなるため、従業員のモチベーション維持に影響が出る可能性があります。
MBOとTOBについて
上場廃止の手法としてよく用いられるのがMBO(マネジメント・バイアウト)とTOB(株式公開買付け)です。
- MBO(Management Buyout): 企業の経営陣が、自社の株式を既存株主から買い取って、会社の支配権を掌握し、非上場化することを指します。経営陣自らが株主となることで、よりオーナーシップを持って経営に集中し、長期的な視点で企業価値向上に取り組むことが可能になります。多くの場合、MBOは投資ファンドと組んで実施されます。
- TOB(Take Over Bid:株式公開買付け): 特定の企業が、買収対象企業の株式を不特定多数の株主から買い集めることを指します。これは、友好的なM&Aの際にも用いられますが、敵対的買収の手段としても活用されます。上場企業が非公開化する際には、親会社が子会社の株式をすべて買い取る場合や、MBOの手段として利用されることが一般的です。市場外で株を買い取るため、株価への影響を抑えつつ、まとまった数の株式を取得できるメリットがあります。
上場廃止により企業が取り組むサステナビリティはどう変わるのか
上場廃止は、企業のサステナビリティへの取り組みにも大きな影響を与えます。特に、ステークホルダー(利害関係者)の構造が変化することが、そのアプローチに影響を及ぼします。
上場企業は、その特性上、常に「株主」からの視線を意識し、企業価値向上、ひいては株価向上に資するESG(環境・社会・ガバナンス)情報開示や取り組みが求められます。しかし、非公開化することで、この「株主主体」のプレッシャーが軽減されます。
これにより、サステナビリティの取り組みにおけるステークホルダーの優先順位が変化する可能性があります。具体的には、以下のような変化が考えられます。
- 株主への開示義務の軽減: 上場企業に求められる詳細なESG情報開示や統合報告書の作成義務がなくなるため、外部への情報発信の頻度や詳細度が低下する可能性があります。
- 短期的な成果志向からの脱却: 株価への影響を気にすることなく、より長期的な視点での環境投資や社会貢献活動が可能になります。例えば、すぐには利益に繋がらないが、将来的に企業の競争力を高めるような研究開発や地域社会への貢献活動に注力しやすくなります。
- ステークホルダーの重点化: 株主以外のステークホルダー、例えば取引先、社員、採用候補者、学生、地域住民、顧客などへの対応がより限定的かつ直接的になる傾向があります。非公開企業であっても、優秀な人材の確保やサプライチェーンの安定化、地域社会との良好な関係維持のためには、これらのステークホルダーに対するサステナビリティの取り組みは不可欠です。むしろ、株主というフィルターを通さずに、より直接的に関係者と対話し、ニーズに応えることが可能になる側面もあります。
- 独自のサステナビリティ戦略の追求: 外部からの評価やランキングを過度に意識することなく、自社の事業特性や経営戦略に合致した、より実質的なサステナビリティ目標を設定し、実行しやすくなります。
ただし、非公開化によってサステナビリティの取り組みが後退するリスクも存在します。透明性が低下することで、社会からの監視の目が届きにくくなり、環境や社会への配慮が疎かになる可能性も否定できません。非公開企業であっても、持続可能な企業価値を創造するためには、自主的な情報開示や、サプライチェーン全体での人権・環境配慮、従業員のエンゲージメント向上など、多角的なサステナビリティ経営が引き続き求められます。
これからの企業に求められること
上場廃止という選択は、企業が自らの経営戦略を見直し、より本質的な価値創造を目指す動きの一環と捉えられます。非公開化を選択しようと、上場を維持しようと、これからの企業に求められることは変わりません。
- 本質的な企業価値の追求: 短期的な利益だけでなく、中長期的な視点で企業価値を高める経営が不可欠です。そのためには、事業ポートフォリオの見直し、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進、そして人財への投資が重要となります。
- 持続可能な成長モデルの構築: 気候変動や少子高齢化、人権問題といった社会課題の解決を事業活動に統合し、持続可能な成長モデルを構築することが求められます。これは、単なるCSR(企業の社会的責任)活動に留まらず、ビジネスモデルそのものを変革する視点が必要です。
- 多様なステークホルダーとの対話: 株主だけでなく、従業員、顧客、取引先、地域社会といった多様なステークホルダーとの対話を深め、それぞれのニーズを経営に反映させる姿勢が不可欠です。これにより、企業のレジリエンス(回復力)を高め、変化の激しい時代を乗り越える力を養うことができます。
上場廃止が増加する日本の株式市場は、企業の変革期を示唆しています。この動きは企業が自らの存在意義と長期的な成長戦略を問い直し、より強靭で持続可能な企業体質へと進化する機会として捉えることが、これからの日本経済の発展には不可欠となるでしょう。
参考文献
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