エコリクコラム

2025.6.20
トピック
鉄鋼業のCO2から「グリシン」に!脱炭素と産業競争力を両立する革新的技術開発がNEDO採択 〜レゾナック、日本製鉄、日鉄エンジニアリング、富山大学が挑む「グリシン製造」の社会的意義〜
日本の産業界と学術界が、温室効果ガス削減と資源循環、さらには新たな高付加価値製品の創出という、複数の社会課題に挑む画期的な研究開発に着手します。株式会社レゾナック、日本製鉄株式会社、日鉄エンジニアリング株式会社、そして国立大学法人富山大学の4者は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発」に対し、「CO2由来メタノール経由青酸、グリシン製造の研究開発」を提案し、2025年5月1日に採択されました。本プロジェクトは2025年度から2027年度までの3年間で実施される予定です。
この取り組みは、製鉄所などから排出されるCO2を、私たちの生活に身近な「アミノ酸」の一種であるグリシンの原料として有効活用するという、まさに「CO2を宝に変える」挑戦であり、脱炭素社会の実現と産業競争力強化に多大な社会的意義を持つものです。
NEDOのカーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発について
本プロジェクトが採択されたNEDOの「カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発」は、地球温暖化対策の切り札の一つである「カーボンリサイクル」技術の実用化を強力に推進するための国家プロジェクトです。
カーボンリサイクルとは、工場や発電所などから排出されるCO2を単に回収・貯留するだけでなく、それを有効な資源として再利用する技術を指します。具体的には、CO2を化学品、燃料、鉱物などに変換して再利用することで、資源の枯渇問題の解決や、新たな産業の創出、さらには排出されたCO2を「ネガティブエミッション(大気中からCO2を削減する)」に繋げる可能性も秘めています。
NEDOはこの分野で、CO2を分離・回収する技術だけでなく、回収したCO2をいかに効率的かつ経済的に再利用するかという研究開発に重点を置いています。今回のグリシン製造プロジェクトも、まさにこの「CO2の有効利用」を具現化する取り組みとして、その成果が大きく期待されています。
今回のリリースについて
今回のプロジェクトは、製鉄所などから排出される大量のCO2を、化学品である「メタノール」に変換し、さらにそのメタノールを中間原料として、最終的にアミノ酸である「グリシン」を直接製造するという、革新的なプロセス開発を目指しています。
【開発経緯】 日本製鉄グループは、製鉄プロセスから大量に排出されるCO2の削減が喫緊の課題であり、その有効活用技術の開発に注力してきました。一方で、レゾナックは、多様な化学製品の製造において高い技術力を持ち、特にアミノ酸合成の分野で豊富な知見を有しています。富山大学は、炭素資源の高度利用に関する研究で実績があり、日鉄エンジニアリングはプラント建設・エンジニアリングの専門家です。 これらの強みが結集し、CO2を「捨てずに活かす」という共通の目標のもと、本プロジェクトがNEDOに提案され、採択に至りました。
【目的】 本プロジェクトの主な目的は以下の通りです。
- 製鉄所等からのCO2排出量削減: 大量に排出されるCO2を、単なる廃棄物ではなく有用な資源として活用することで、GHG(温室効果ガス)排出量の実質削減に貢献します。
- 革新的なグリシン製造プロセスの確立: 従来のグリシン製造プロセスは、天然ガスなどの化石燃料由来の原料に依存していますが、本プロジェクトではCO2由来のメタノールから直接グリシンを製造する画期的な技術の確立を目指します。これにより、グリシン製造における環境負荷を大幅に低減できます。
- 産業競争力の強化と新たなビジネスモデルの創出: CO2を原料とする低炭素なグリシン製造技術を確立することで、日本の化学産業の国際競争力を高め、新たなサプライチェーンとビジネスモデルを創出します。
【いつまでに何を目指すのか】 研究開発期間は2025年度から2027年度までの3年間を予定しており、この期間内に、CO2由来メタノールから青酸(グリシン合成の中間体)を経てグリシンを直接製造するプロセスに関する基盤技術の確立と、その実用化に向けた知見の獲得を目指します。具体的には、各工程における高効率な触媒の開発や反応プロセスの最適化、そして連続運転での安定性確認などが主要なマイルストーンとなるでしょう。最終的には、製鉄所や工場で排出されるCO2を直接利用し、グリシンをはじめとする高付加価値な化学品を生産する、新しい産業エコシステムの構築を目指しています。
グリシンとは
グリシンは、私たちの日常生活に非常に身近なアミノ酸の一種であり、その用途は多岐にわたります。
- 食品分野:
- うま味成分: 甘味とうま味を持ち、食品添加物として調味料や甘味料に広く利用されています。特に、魚介類や加工食品の風味向上、苦味の抑制などに使われます。
- 保存料: 食品の品質保持や日持ち向上にも寄与します。
- 化学産業分野:
- 医薬品・化粧品原料: 医薬品の原料や、化粧品の保湿成分などとして利用されます。
- 飼料: 家畜や養殖魚の飼料添加物として、成長促進や健康維持に役立ちます。
- 医療・健康分野:
- 睡眠改善: 睡眠の質を高める効果が期待されており、サプリメントとしても注目されています。脳の興奮を抑える神経伝達物質として作用し、スムーズな入眠をサポートすると言われています。
- コラーゲン生成: コラーゲンを構成する主要なアミノ酸の一つであり、皮膚や骨、軟骨などの健康維持にも関与します。
このように、グリシンは私たちの食生活、健康、そして様々な産業を支える重要な物質です。CO2を原料とすることで、その製造プロセス全体がよりサステナブルなものになることは、社会全体への大きな貢献となります。
現状と課題について
今回のプロジェクトは大きな期待を集める一方で、その実用化にはいくつかの重要な課題が存在します。
【現状】
- 製鉄所のCO2排出量: 製鉄業界はCO2の主要排出源の一つであり、その削減は日本の脱炭素目標達成に不可欠です。
- カーボンリサイクルの技術的進展: CO2を原料とする化学品製造の研究は世界中で進められていますが、経済性と効率性の両立が課題です。
- メタノールからの化学品合成: メタノールを中間体として様々な化学品を合成する技術は存在しますが、CO2由来のメタノールからグリシンを直接製造するプロセスは未確立であり、高い技術的ハードルがあります。
【課題】
- 技術的実現可能性と効率性: CO2からメタノールへの変換、そしてメタノールからグリシンへの直接変換プロセスの高効率化、高収率化が最大の課題です。特に、触媒開発が鍵となります。
- 経済性: 従来のグリシン製造方法と比較して、コスト競争力を持つレベルまで製造コストを低減できるかどうかが重要です。これは、スケールアップ時の設備投資や運用コストにも関わります。
- 実証規模の拡大: 研究室レベルでの成功を、工場規模での連続生産に繋げるための実証研究が必要です。これには、大規模プラントの設計・建設ノウハウが求められます。
- サプライチェーンの構築: CO2の安定供給、CO2由来メタノールの生産・供給、そしてグリシンの製造・販売に至る新たなサプライチェーンを構築する必要があります。
- 環境影響評価: CO2を有効活用する一方で、製造プロセス全体での新たな環境負荷(例:エネルギー消費、副生成物など)が生じないかを慎重に評価し、最小化する視点も重要です。
レゾナック、日本製鉄、日鉄エンジニアリング、富山大学が共同で取り組む「CO2由来メタノール経由青酸、グリシン製造の研究開発」は、日本の脱炭素戦略、特にカーボンリサイクルの旗艦プロジェクトの一つとして、極めて大きな社会的意義を持っています。
このプロジェクトが成功すれば、製鉄所から排出される大量のCO2が、私たちの生活に不可欠な「調味料」や「健康食品」の原料へと生まれ変わるという、まさに「負を正に変える」イノベーションが実現します。これは、日本の産業構造を低炭素型へと転換させるだけでなく、新たな高付加価値産業の創出、国際競争力の強化、そして持続可能な社会の実現に大きく貢献するでしょう。
各社の専門性と富山大学の知見が融合することで、これまでの常識を覆すCO2有効活用技術が確立され、地球温暖化問題の解決に具体的な道筋を示すことが期待されます。