エコリクコラム

2025.6.17
トピック
生成AIが変革するDX推進:企業に求められる新時代の人材・スキルとは 〜「アジャイル」な対応で未来を切り拓く〜
生成AIの技術は、生産性や付加価値の向上を通じてビジネスに大きな機会をもたらすと共に、多様な社会課題の解決に貢献することが期待されています。この生成AIの利用を通じた更なるDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に向けて、日本政府は本年6月から有識者で構成する「デジタル時代の人材政策に関する検討会」を設置。生成AIを適切かつ積極的に利用する人材・スキルのあり方について集中的に議論し、「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方」として、現時点で採るべき対応を「アジャイル(迅速かつ柔軟)」に取りまとめました。
なお、生成AIおよびその利用技術は絶え間なく進展しているため、人材・スキルに与える影響について、今後も継続的に議論を続けていく方針です。
AI時代が雇用に及ぼす影響について
AI技術の進化は、世界の雇用市場に大きな変化をもたらし始めています。これまで人間が担ってきた多くの定型業務がAIに代替される可能性が指摘されており、一部では「AIによる仕事の喪失」が懸念されています。しかし、同時にAIは新たな仕事や役割を創出し、人間の能力を拡張するツールとしての側面も持ち合わせています。
総務省の2016年の情報通信白書では、AIの進化が今後の労働市場に与える影響について言及しており、米国では既存の職種の約47%がAIに代替される可能性が指摘されていました。しかし、これは単純な代替ではなく、職務内容が変化したり、新たな職種が生まれる「シフト」の可能性も示唆しています。
特に生成AIは、文章作成、画像生成、プログラミング補助など、これまで高度な専門性が必要とされたクリエイティブな領域にも足を踏み入れており、ホワイトカラーの業務効率を劇的に向上させる一方で、一部の業務においては人間の関与が減少する可能性も出てきています。重要なのは、AIと共存し、AIを使いこなす能力を持つ人材が市場でより高く評価されるようになるという点です。
生成AIがデジタル人材育成・デジタル人材のスキルに及ぼす具体的な影響
生成AIの登場は、デジタル人材の育成と、彼らに求められるスキルセットに具体的な変化をもたらしています。
影響の具体例:
- プログラミングの効率化: 生成AIはコードの自動生成やバグの特定・修正を支援するため、プログラマーはより高度な設計やアルゴリズム開発に集中できるようになります。コーディングスキルだけでなく、AIを活用した効率的な開発プロセスを構築する能力が重要になります。
- データ分析の深化: AIがデータの前処理や傾向分析の一部を自動化することで、データサイエンティストは、より複雑な問題解決やビジネス戦略への示唆抽出に注力できます。AIに適切な指示を出し、結果を批判的に評価する「プロンプトエンジニアリング」や「AIリテラシー」が不可欠になります。
- クリエイティブ業務の変革: デザイナーやマーケターは、AIを用いてアイデア出しやコンテンツの素案作成を効率化できます。人間ならではの感性や戦略的な思考をAIと組み合わせる能力が求められます。
- ビジネスパーソンの生産性向上: 議事録作成、メール作成、資料の要約など、日常業務の多くを生成AIが支援することで、ビジネスパーソン全体の生産性が向上します。AIツールの選定、適切な指示出し、そして生成された情報のファクトチェック能力が全てのビジネスパーソンに必須のスキルとなっていきます。
このように、生成AIは「人間の仕事を奪う」のではなく、「人間の仕事のやり方を変える」という点で、デジタル人材に求められるスキルの質と幅を広げています。
生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルについて
経済産業省の資料や専門家の見解を総合すると、生成AI時代のDX推進には、特定の技術スキルに加え、AIと協働するための新たな能力が求められます。
必要な人材像とスキル:
- AIリテラシーと活用能力:
- 基本的なAI知識: 生成AIの仕組み、得意なこと、限界を理解す
- プロンプトエンジニアリング: AIから最適な出力を引き出すための指示を設計する能力。
- AIツールの選定・評価: 目的や状況に応じて適切なAIツールを選び、その結果の信頼性や妥当性を評価する能力。
- 倫理観とリスク管理: AIが生成した情報に潜む偏見や誤情報、著作権侵害などのリスクを理解し、適切に対処できる倫理観。
- ビジネス変革推進能力:
- 課題発見・設定能力: 生成AIを導入することで解決できるビジネス課題を特定し、明確な目標を設定する能力。
- DX戦略策定能力: 生成AIを組織全体のDX戦略にどう組み込み、変革を推進するかを構想する能力。
- 変革マネジメント: AI導入に伴う組織の変化に対応し、従業員のスキル再教育や意識改革をリードする能力。
- データ活用能力:
- データガバナンス: AI学習に必要なデータの収集、管理、セキュリティに関する知識と実践力。
- AI学習用データの選別・評価: AIに学習させるデータの質を見極め、偏りのないデータセットを構築する能力。
- 共創力とコミュニケーション能力:
- AIとの協働: AIを単なるツールではなく、共同作業のパートナーとして捉え、その能力を最大限に引き出すための協働スキル。
- 非専門家との橋渡し: AI技術者とビジネス部門の間のギャップを埋め、スムーズな連携を促進するコミュニケーション能力。
これらのスキルは、特定のデジタル人材だけでなく、全ての従業員がDXを推進するために身につけるべきものとされています。
現状と課題について
日本が生成AI時代のDX推進において直面している現状と課題は以下の通りです。
現状:
- デジタル人材の不足: 経済産業省の調査でも指摘されている通り、日本はIT人材、特に高度なデジタルスキルを持つ人材が慢性的に不足しています。この傾向は、AI技術の進化によりさらに加速する可能性があります。
- リスキリングの遅れ: 多くの企業で、既存従業員のリスキリング(新しいスキル習得)やアップスキリング(既存スキルの高度化)への投資が十分ではありません。
- アジャイルな文化の欠如: 迅速な意思決定と実行が求められる生成AIの導入において、多くの日本企業は伝統的な階層構造と意思決定プロセスにより、アジャイルな対応が難しい状況にあります。
- 倫理・ガバナンスの枠組み: 生成AIの利用における倫理的な問題や法的な枠組みの整備が、技術の進化に追いついていない側面があります。
課題:
- 戦略的な人材育成: 国や企業が連携し、AI時代に求められる人材を戦略的に育成するための教育プログラムや研修機会を拡充すること。
- リスキリングの加速: 既存従業員がAIと共存し、新たな価値を生み出せるよう、効果的なリスキリング・アップスキリングプログラムを全社的に展開すること。
- 組織文化の変革: AI導入を阻害する要因となる組織文化を見直し、迅速な意思決定と試行錯誤を許容するアジャイルな組織への変革を進めること。
- 産学官連携の強化: AI技術の研究開発だけでなく、その社会実装を加速させるための産学官連携をさらに強化すること。
- 倫理ガイドラインの策定と順守: 生成AIの適切な利用を促し、社会的な信頼を構築するための倫理ガイドラインを策定し、企業や個人がこれを順守すること。
生成AIは、単なる技術革新に留まらず、私たちの働き方、企業のビジネスモデル、そして社会全体のあり方を根本から変える可能性を秘めています。日本がこの変革の波を乗りこなし、DXを強力に推進していくためには、技術的な側面だけでなく、人材・スキル、組織文化といった多岐にわたる課題に「アジャイル」に対応していく必要があります。
国、企業、そして個人が一体となり、生成AIを最大限に活用し、新たな価値を創造できる人材を育成し、その能力を発揮できる環境を整備することが、持続可能な成長を実現するための喫緊の課題と言えるでしょう。