エコリクコラム

2025.6.13
トピック
気候変動対策の新時代を切り拓く宇宙技術革命:GOSAT-GW打ち上げへ 〜日本の衛星が温室効果ガスと水循環の謎を解き明かす〜
2025年6月24日、日本の宇宙技術史に新たな1ページが刻まれることになります。温室効果ガス・水循環観測技術衛星「GOSAT-GW(通称:いぶき-2号)」がH-IIAロケット50号機により種子島宇宙センターから打ち上げられ、地球環境監視の精度を飛躍的に向上させる技術的ブレークスルーを実現します。この衛星は、従来の点観測から面観測への革命的転換を図り、パリ協定に基づく温室効果ガス排出量の透明性確保において世界をリードする役割を担うことが期待されています。特に注目すべきは、フーリエ変換型から回折格子型分光方式への技術革新により、観測点数が従来の100倍以上に増加し、大規模排出源の特定精度が格段に向上することです。
GOSAT-GWの革命的意義
GOSAT-GWは、温室効果ガスの詳細な観測に加え、水循環の変動も同時に捉えることで、地球規模での気候変動メカニズムの解明に貢献します。
温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)とは
GOSAT-GWは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、国立環境研究所(NIES)、環境省の三者が共同で開発を進めてきた地球観測衛星です。その名の通り、「温室効果ガス観測」と「水循環観測」の2つの主要なミッションを担っています。
- 温室効果ガス観測 (GOSAT-3相当): 主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)とメタン(CH4)の濃度を高精度かつ広範囲にわたって観測します。これにより、排出源の特定や吸収量の把握がより正確になり、各国の排出量報告の透明性向上に貢献します。特に、前述の観測方式の変更により、従来のGOSATシリーズと比較して圧倒的に多くの観測点からのデータを取得できるようになります。
- 水循環観測 (GW): 世界中の雨量、雪氷量、土壌水分量などの水循環に関わるデータを観測します。地球温暖化が水循環に与える影響は大きく、異常気象の増加や水資源の変動予測に不可欠なデータを提供します。
この二つの観測を同時に行うことで、気候変動が温室効果ガスと水循環に与える複合的な影響を総合的に理解し、より精度の高い気候変動予測や対策に繋がる情報を提供することがGOSAT-GWの最大の目的です。
温室効果ガス観測技術衛星GOSATシリーズとは
GOSAT-GWは、2009年に打ち上げられた「GOSAT(いぶき)」、そして2018年に打ち上げられた「GOSAT-2(いぶき2号)」に続く、GOSATシリーズの3代目にあたります。
- GOSAT(いぶき): 世界で初めて温室効果ガスを宇宙から継続的に観測することに成功した衛星です。地球全体のCO2とCH4濃度分布を把握し、人為起源排出量と自然起源の吸収・排出量の推定に貢献しました。
- GOSAT-2(いぶき2号): GOSATの観測能力をさらに向上させ、都市域などの詳細な観測や、CO2の昼夜観測を可能にしました。これにより、より詳細な排出源情報の把握が可能となりました。
GOSAT-GWは、これまでのシリーズで培われた技術とデータを基盤としつつ、観測能力を飛躍的に向上させることで、気候変動研究と政策決定への貢献をさらに深化させることが期待されています。
カーボンクレジット市場への影響
GOSAT-GWによる温室効果ガス観測技術の革新は、拡大するカーボンクレジット市場にも大きな影響を与える可能性があります。
- 透明性と信頼性の向上: 衛星による高精度な観測データは、企業や国の排出量削減努力を客観的に評価する強力なツールとなります。これにより、カーボンクレジットの信頼性が高まり、市場の健全な発展に貢献するでしょう。
- 排出量検証の効率化: 従来、地上での測定やモデル推計に依存していた排出量検証プロセスに、衛星データが加わることで、より効率的かつ正確な検証が可能になります。これは、不正なクレジット発行を防ぎ、真の排出削減を促進する上で極めて重要です。
- 森林吸収源クレジットへの応用: 森林によるCO2吸収量の正確なモニタリングは、森林由来のカーボンクレジット(J-クレジット等)の評価にも役立ち、信頼性の高いクレジットの創出を後押しします。
再生可能エネルギー分野への応用
GOSAT-GWが取得するデータは、直接的ではないものの、再生可能エネルギーの導入拡大や効率的な運用にも間接的に貢献する可能性があります。
- 気候変動予測の精度向上: GOSAT-GWによる温室効果ガスと水循環の観測データは、長期的な気候変動予測の精度を高めます。これにより、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)の出力予測や、将来的な導入計画の策定において、より確かな気候データを活用できるようになります。
- 政策策定への貢献: 各国の排出量削減状況がより正確に把握できることで、パリ協定に基づく各国目標(NDC)の引き上げや、再生可能エネルギー導入促進策の強化など、より積極的な気候変動政策の策定を後押しする可能性があります。
- 水力発電への影響: 水循環観測データは、降水量や河川流量の予測精度向上に繋がり、水力発電の運用最適化や、新たな水力発電所の立地選定に役立つ可能性があります。
現状と課題について
GOSAT-GWの打ち上げは大きな期待を集める一方で、今後の運用とデータ活用にはいくつかの課題も存在します。
現状:
- 国際的な期待: パリ協定の「透明性枠組み」において、各国が温室効果ガス排出量を正確に報告する義務が強化されており、GOSAT-GWのような衛星観測データへの国際的なニーズが高まっています。
- 日本の貢献: 日本はGOSATシリーズを通じて、宇宙からの温室効果ガス観測において世界のパイオニアであり、今回のGOSAT-GWでそのリーダーシップをさらに強化します。
課題:
- データ解析と社会実装: 膨大な量の観測データが取得されるGOSAT-GWのデータを、いかに効率的かつ正確に解析し、政策決定者や企業、研究者が必要とする形で提供できるかが重要です。
- 国際連携の強化: 宇宙からの地球観測は、単一の衛星では限界があります。世界各国の地球観測衛星との連携を強化し、より包括的な地球システム理解を進めることが必要です。
- コストと持続性: 衛星開発・運用には莫大なコストがかかります。継続的な観測を可能にするための資金確保や、次世代衛星の開発計画の推進が課題となります。
- 市民社会への普及: 専門的な衛星データを、一般市民にも分かりやすい形で情報提供し、気候変動問題への意識向上や行動変容に繋げることが求められます。
温室効果ガス・水循環観測技術衛星GOSAT-GWの打ち上げは、地球規模の気候変動問題に対し、日本が宇宙から挑む新たな挑戦です。この衛星がもたらす高精度なデータは、温室効果ガスの詳細な実態解明、水循環の変動予測、そしてそれらに基づく効果的な気候変動対策の策定に不可欠な羅針盤となるでしょう。
国際社会が脱炭素化と持続可能な社会の実現に向けて邁進する中、GOSAT-GWは、パリ協定の目標達成に貢献し、カーボンクレジット市場の信頼性向上や再生可能エネルギー分野の発展にも寄与することが期待されます。打ち上げ後のデータ解析と国際連携、そして市民社会への普及が、この宇宙技術革命を真の「気候変動対策の新時代」へと導く鍵となるでしょう。