エコリクコラム

2025.5.26
トピック
環境省肝いり「人工光合成」が描く未来 – CO2を資源に変える革新的技術
日本政府が掲げる2050年カーボンニュートラル実現に向け、CO2排出量削減と経済成長の両立を目指す中、革新的な技術開発が急務となっています。その中でも、環境省が強く推進しているのが、植物が行う光合成の仕組みを人工的に再現し、CO2を資源として有効活用する「人工光合成」技術です。
人工光合成とは
人工光合成とは、植物が行う光合成のプロセスを模倣し、太陽光エネルギーを利用して、水とCO2から有用な物質(水素、有機物など)を生成する技術です。この技術が確立されれば、CO2を排出するだけでなく、資源として再利用することが可能になり、脱炭素社会の実現に大きく貢献することが期待されます。
1)人工光合成のプロセス
植物の光合成は、葉緑体の中のクロロフィルが太陽光を吸収し、そのエネルギーを使って水とCO2から酸素と糖を作り出す複雑なプロセスです。人工光合成では、この自然の仕組みを参考に、触媒、光吸収体、反応場などを人工的に設計し、より効率的かつ制御された形で有用物質を生成することを目指します。
現在、様々なアプローチで研究開発が進められており、主なプロセスとしては以下のようなものが挙げられます。
- 光触媒反応: 光エネルギーを吸収する触媒を用いて、水とCO2を反応させ、水素や一酸化炭素などの基礎化学品を生成する。
- 電気化学反応: 太陽光発電などで得られた電力を用いて、水とCO2を電気化学的に還元し、有用物質を生成する。
- 光電気化学反応: 光吸収体と電極を組み合わせ、光エネルギーと電気化学反応を組み合わせて反応を促進する。
2)産学官連携で進む人工光合成の研究
日本においては、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)をはじめとする研究機関、大学、そして多くの企業が連携し、人工光合成の実用化に向けた研究開発を積極的に進めています。環境省や経済産業省も、この技術を脱炭素化の重要な柱の一つと位置づけ、研究開発プロジェクトへの支援を行っています。
特に、CO2の分離・回収技術と人工光合成技術を組み合わせることで、工場や発電所などから排出されるCO2を効率的に資源に変換するシステムの開発が注目されています。
3)人工光合成でCO2排出量の削減
人工光合成が実用化され、大規模に導入されることで、以下のようなCO2排出量削減への貢献が期待されます。
- CO2の資源化: 大気中や産業排ガス中のCO2を回収し、燃料や化学製品の原料として再利用することで、CO2を単なる排出物から価値ある資源へと転換できます。
- 化石燃料依存度の低減: 人工的に生成された水素や有機物が、既存の化石燃料由来のエネルギーや化学製品を代替することで、化石燃料への依存度を下げることができます。
- カーボンリサイクル: 排出されたCO2を再び資源として活用する「カーボンリサイクル」の重要な技術となり、循環型経済の実現に貢献します。
社会実装に向けた課題とは
人工光合成は、脱炭素社会実現への大きな可能性を秘めている一方で、社会実装に向けては克服すべき課題も多く存在します。
- エネルギー変換効率の向上: 現在の人工光合成のエネルギー変換効率は、自然の光合成に比べてまだ低い水準にあります。より高効率な触媒や反応システムの開発が求められます。
- 耐久性と安定性の確保: 実用的なシステムとして長期間安定して稼働するための耐久性や、様々な環境条件下での安定性を確保する必要があります。
- コスト削減: 現在の技術では、有用物質の生成コストが既存の化石燃料由来の製品と比較して高くなる場合があります。触媒やシステム全体の低コスト化が重要です。
- 大規模化とシステム統合: 研究室レベルの成果を、大規模な産業プラントとして実現するための技術開発や、CO2回収・分離技術、生成物の貯蔵・輸送技術などとの統合が不可欠です。
- 安全性と環境影響評価: 大規模なシステム導入における安全性確保や、環境への影響を評価し、適切な対策を講じる必要があります。
環境省が肝いりで推進する人工光合成技術は、CO2を単なる排出物として捉えるのではなく、貴重な資源として活用するという革新的なアプローチです。産学官が連携し、研究開発を加速することで、エネルギー問題と環境問題を同時に解決する可能性を秘めています。企業にとっては、この分野の技術動向を注視し、将来的な事業参入や技術連携の機会を探ることが重要となるでしょう。人工光合成が社会実装される未来は、脱炭素社会の実現に向けた大きな希望となるはずです。